「みなとくん、みなとくん、またくる?」

翌朝、朝食の席で琉久がパンをかじりながら、何度も湊の名前を口にした。

「昨日、いっぱい遊んでもらったもんね」

莉瀬は笑いながら、琉久の口元を拭いてあげる。

「またくる?またくる?またくるの!」

琉久は椅子の上でぴょんぴょん跳ねて、繰り返す。

玲央は牛乳を飲みながら、ぼそっと言った。

「…あいつ、ほんとに琉久に好かれてんな」

「うん。湊くん、優しいしね」

莉瀬はスマホを手に取り、ふと湊の連絡先を開いた。

少しだけ迷ってから、メッセージを打つ。

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琉久が「また来て」って言ってるよ。

よかったら、今週末も遊びに来る?
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送信ボタンを押したあと、莉瀬は少しだけ胸が高鳴るのを感じた。

それが“嬉しさ”なのか、“期待”なのか、自分でもよくわからなかった。

数分後、湊から返信が届いた。

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もちろん!僕もまた会いたいな。

琉久くんにも、莉瀬ちゃんにも。
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その最後の一文に、莉瀬は一瞬手を止めた。

“莉瀬ちゃんにも”—— なんだか、少しだけ胸が熱くなる。

週末。

湊はまた紙袋を持ってやってきた。

中には、琉久の好きなキャラクターのぬいぐるみと、玲央へのギター用のピック。

「また来てくれてありがと~!」

琉久は湊に飛びついて、ぎゅっと抱きついた。

「うわっ、琉久くん、元気だね」

湊は笑いながら、琉久を抱き上げた。

「ちょっと待っててね。お茶淹れてくるから」

莉瀬は立ち上がって、キッチンへ向かった。

湊と玲央は、リビングにふたりきりになった。

琉久は床に座って、ぬいぐるみを並べて遊んでいる。

その静かな空気の中で、玲央がぽつりと言った。

「…おまえさ、ねーちゃんのこと好きだろ」

湊は、思わず手に持っていたクッションをぎゅっと握った。

「え…」

「見てりゃわかる。目、ぜんぜん違うし。…琉久に接してるときと、ねーちゃんに話してるとき」

玲央はスマホをいじりながら、まるで天気の話でもしてるかのような口調だった。

湊はしばらく黙っていた。

でも、心の中で何度も繰り返していた言葉が、ついに口からこぼれた。

「…好きだよ。莉瀬ちゃんのこと」

玲央は、スマホの画面から目を離さずに「ふーん」とだけ言った。

まるで興味がないような、淡々とした返事。

湊は少しだけ肩を落とした。

でもそのとき、キッチンから莉瀬の足音が聞こえてきて、ふたりは何事もなかったように姿勢を整えた。

「お待たせ~。紅茶でよかった?」

莉瀬が湯気の立つカップを運んできて、湊の前に置いた。

「ありがとう」

湊は笑って受け取ったけれど、さっきの会話が頭から離れなかった。

そのとき、玲央がそっと湊の耳元に顔を近づけて、低い声でつぶやいた。

「ねーちゃんは、鈍感だから、気づかねーぞ」

湊は目を丸くした。

玲央はすぐに立ち上がって、「琉久、こっち来い。ぬいぐるみバトルしようぜ」と言って、琉久の隣に座った。

莉瀬はその様子を見て、「玲央、珍しく優しいじゃん」と笑った。

湊は、玲央の言葉を胸に刻みながら、莉瀬の横顔をそっと見つめた。

——気づいてないなら、届くように。

——少しずつでも、ちゃんと“好き”って伝えていこう。

春の午後、静かに、でも確かに、湊の想いは動き始めた。