『……空といると、毎日楽しくて……幸せだった。』

『でも、私は幸せになっちゃいけない人間……だからもう、バイバイしたい。』

震える声で雫はそう言いきった。


風の音だけが二人の間を抜ける。
空は何も言わず、ゆっくりと立ち上がって、雫の正面にしゃがみ込む。



「……雫、話してくれてありがとう。そんな小さな時から辛かったね。」


この話を誰にもしたことがなくて、
私はどう反応したらいいのか分からない。


空は雫の目をまっすぐ見つめる。
泣きはらした瞳の奥に、自分を責め続けてきた長い時間が見える。



空の目にも今にも零れそうな涙があった。
何も答えられない代わりに私はそれをじっと見つめる。


「幸せになっちゃいけない人なんて、いないよ。
過去に何があっても、今ここにいる雫が、笑えるようにしたい。」


その声は、強くもなく、押しつけでもない。
ただ、真っ直ぐで温かい。


「バイバイなんて言わせない。俺が過去も全部背負って幸せにしてあげる、一緒に幸せになろう」


空は雫の震える身体をそっと抱きしめる。


雫の胸の奥で、何かが静かに崩れていく。
ずっと固く閉ざしていた心の扉が、少しだけ軋みながら開いていく。



――本当は、信じたかった。
誰かに“幸せになっていい”って言ってもらいたかった。
でも、それを望むことすら罪だと思っていた。