この命のすべてで、君を想いたい

眠っている雫の横顔は穏やかで、



でもその穏やかさが、


この先の短さを示しているようで、


空は胸の奥がじわりと痛む。




けれど、顔には出さない。



泣くのはあの日が最後だと、誰にも言わずに決めている。




空は眠る雫の毛布を整え、


冷えていないかそっと触れ、


髪が乱れていれば優しく指で整える。





「……今日はね、雫の好きなあの店の近く通ったよ」


「クラスのやつがめちゃくちゃ変なことしててさ――」




雫が眠っていても、空は話す。



声を聞かせたい。
一緒にいたい。
それだけで十分だった。


雫は時々、短く目を開けて空を見る。





その瞬間だけは、いつもの雫だった。


弱っていても、空を見上げるときだけは、
昔と同じように愛しさが滲む笑顔を向けてくれる。





「……空の声、落ち着く……」
そう呟いて、また眠る。




空はその小さな言葉を抱きしめるようにして、
雫の手を包み込んだ。




眠る時間が増えていくほど、
二人で話せる時間は少しずつ減っていく。




けれど空は焦らない。


取り乱さない。


雫が眠っている間も、黙ってそばで見守り続ける。



窓から差し込む光が変わり、


時計の針が進み、


病院のアナウンスが流れても、


空は雫から離れない。






――すこしずつ、静かに終わりへ向かっている。



そんな現実に胸が押しつぶされそうになっても、
空はただ優しく微笑むだけだった。






雫にとって、



「目を開けたら空がいる」




それが最後の支えになるなら――



それでいい。



そしてその日も、雫はまた長く眠ったまま、空の手を弱く握っていた。





空はその手をそっと包み、



誰にも聞こえないほど小さく、
静かに言った。



『……雫、起きたらまた話そうね』



雫が眠る間も、
二人だけの時間は確かに流れ続けていた。