「ずっと...会いたかったよ」

空の声は震えている。


私は何も答えない。





静かな病室では、シーツにポトポトと涙が落ちる音さえ聞こえる。


自分の涙かと、頬を確認したが違う。


『空...』


私は布団から出て、愛しい人の名前を呼ぶ。
この懐かしさにも胸がいっぱいになる。

「雫...」

空はポロポロと涙を流して泣いていた。

こんなにも泣いているのに、私の顔を見て、空が名前を呼んだ瞬間に、いつも見せてくれていた微笑みを思い出す。


記憶の中の空はどんな時でも笑顔だった。


一方的に別れた時も、どんな時でも空は決して私に涙を見せなかったのに。


「好きな人はどうしたんだよ」

空は泣きながらそう呟く。




『今日も来るよ、だから早く帰って』



泣いている空を私は見たくなかった。
もう嘘も全部やめて、空の手を握り返したい。

泣き止んで欲しい。
私のために空が泣かなくてもいい。


これ以上空を傷つけないように私が出来るのは、嘘をつき続けることだけ。


空ごめん....ごめん......

今あなたをもう一度傷つけることを許してください。



私は空に背中を向けて横になった。


空の温かい手が私の背中に触れる。


付き合っていた頃の空の優しさが走馬灯のように駆け巡る。


「雫は...今、幸せ?」

空は一字一字確かめるようにそう私に聞く。



違う...



私はあなたが、


元気で、


毎日楽しく、


何も困ることがなく、


ただ幸せに過ごしてくれたら...



願いはそれだけ。

あなたが幸せでいてくれたら私も


『幸せだよ』



背中の温もりがそっと消えて、

「そっか、なら良かった。」
と空の小さな呟きを最後に、病室はまた私1人になった。