昼休みの屋上は、春の風がやわらかく吹き抜けていた。


季節はもうすぐ春になりそうだった。


いつもの五人で囲んだ弁当の時間は、本来なら一番楽しいはずだった。


「ねぇ!春休み、どっか行こ!」

沙月が嬉しそうにお箸を止めて言う。


「わかる。遊ばないと死ぬ〜」

蓮太郎が即座に乗っかると、裕大が呆れたように笑う。


「いや死なないだろ。どこ行きたいんだよ、お前ら」


「んー!みんなで海とかどう?」


「春に海は寒いって」
 
空も笑ってツッコミを入れていた。

 ――みんな、ほんとに楽しそう。



 
雫はその輪の中にいるのに、透明になっていくみたいだった。
 
弁当はほとんど手をつけられず、ただ聞いていた。



「雫はどこ行きたい?」

空の声がやさしくて、胸が痛んだ。

 
行きたい場所なんて、山ほどある。
 

海でも、遊園地でも、
みんなとならどこだってよかった。
 
けれど――その未来が自分にはない。



『…どこでもいいよ』
 
絞り出した声は、小さくて震えていた。

 
空は雫の顔を覗き込む。
 

「どうした?体調悪い?」
  
その気遣いが優しすぎて、雫は視線をそらした。

 
風が吹き抜け、弁当の袋を揺らした瞬間だった。




 
――今言わなきゃ。

 
――今日を逃したら、二度と言えない。



雫は、深く息を吸った。

みんなの声。風の音。空の視線。
その全部が最後の記憶になるかもしれない。


泣かないと決めた。

泣かないで、ちゃんと嫌われる。




でも心の中では叫んでいた。
 ――助けて。離れたくない。
 ――空の隣に、いたい。