しかし、診察室の扉が閉まった瞬間、空気が変わった。


「水瀬さん……検査結果についてお話しします」

机の上に広げられたMRI画像。
脳の奥に、はっきりとした“影”がある。


「脳に腫瘍が見つかりました。
場所も深くて危険な位置にあり、かなり大きくなっています」

雫の心臓が止まったように静かになる。


「……それって、治るんですか?」


自分でも驚くほど小さな声だった。


医師は迷うように視線を落とし、そして覚悟したように言う。


「……正直にお話しします。手術は極めて難しい位置です。自覚症状からすると、進行も早く……治療をしても完治は難しいと考えられます」

雫の指先から血の気が引く。

医師は続ける。

「本来なら“今日から”入院していただきたい状態です。このままでは危険です。そして……」

言葉の間が、不自然なほど長かった。

「……余命は、半年程度。早ければ……半年も難しいかもしれません」


世界が、止まった。

呼吸のしかたを忘れたみたいだった。


余命。
自分に向けて言われた言葉なのに、誰か別の人の話を聞いているみたいで。


「……そんな……嘘……でしょ……?」

震えた声が自分のものだと気づくのに少し時間がかかった。

医師は静かに首を振る。

「水瀬さんはよく頑張ってここまで生活してこられました。頭痛や視界の揺れがあったはずです。むしろ、この状態でよく普通に生活ができていたと……」


雫は息を呑む。


わかってた。違和感、ずっとあった……
でも、まさか、こんな…

「ご家族の方は……?」

『…いません。ひとりです』

医師は驚き、そして眉を下げた。

「そう……でしたね……。でも、この状態で一人はあまりに危険です。せめて、どなたか信頼できる方に——」