塾が終わったのが8時。そこから歩いて10分くらいにあるスタバに入店する。
時間が時間なので、店内には銀色のパソコンを操作しているメガネ姿の男性と、髪をきれいに巻いてネイルもばっちりな状態で本を読んでいる大学生ぐらいの女性しかいなかった。
ムーディーなBGMが流れる店内で、制服姿の私たちは明らかに浮いているような気がした。でも気にしない。
「私先に並んでるね」
レジに向かうと、「こんばんは。ご注文お決まりでしたらお伺いいたします」と営業スマイルの女性店員が定型文のあいさつをする。
「キャラメルマキアートのアイスと、ベーコンとほうれん草のキッシュを1つください」
毎週木曜日のスタバデー(私が勝手に名前を付けた)には、いつもこのセットを頼む。
「サイズはどうされますか?」
「ショートでお願いします」
大きいサイズだと、一気に飲んでさっと捨てることができないので、ショートサイズを必ず頼むようにしている。
「店内でお過ごしですか?」
「店内です。」
がさがさとトートバッグを漁って中から財布を取り出し、小銭の確認をする。
「お会計906円です。」
ちょうど906円を小銭トレーに置く。
「906円ちょうどお預かりいたします。…こちらレシートでございます」
「カウンター前でお待ちください」
レシートを受け取って、財布を閉めてトートバッグにぽいと放りこむ。
Youtubeのショート動画を見て時間をつぶしていると、「アイスキャラメルマキアートのショートサイズと、ベーコンとほうれん草のキッシュのお客さまー」と店員が私を呼んだ。
「ありがとうございます」
きっちりとお礼を言ってから、私はガムシロップやコーヒーフレッシュが置いてあるテーブルにいったんトレイを置く。
ガムシロップと木の細いマドラーを1つづつ箱から持っていき、適当な席に座る。
キャラメルマキアートにガムシロップを注いでマドラーでぐるぐるかき混ぜていると、「お待たせー」と風花がテーブルにトレイを置いた。
「今日もいつものやつだよ。ストロベリー&クランベリーベーグルサンドとトリプルエスプレッソ。」
トリプルエスプレッソを飲みながら、風花は大人びた表情でそう問いかけてくる。
「今日はちゃんと晴子さんに連絡した?晩ご飯いらないって」
「連絡せんくても、毎週木曜は私たちのご飯作らへんよ」
――『私たち』という言い方に、疑問を覚えた人も多いだろう。
実は先月、風花の家が火事に遭って全焼してしまった。
幸い、家族が全員外出していたので、誰ひとりとしてけがはなかった。
だけど、全焼ということは住む家がないということだ。なので、新しい家ができるまでの間、彼女は私の家に身を寄せている。
ちなみに私の家は小さな民泊を営んでおり、風花はそこに1つだけあった空き部屋に泊まっている。
「晴子さんの料理はおいしいけど、ルーティーンは崩したくないよね」
大きく口を開けてマフィンサンドにかぶりついた風花が、リスのように頬を膨らませながらしゃべる。
「それはわかる。」
私はキャラメルマキアートをちびちびと飲みながら、風花の意見に同意する。
「毎週こんなことしてたらお金はバカにならないけど、結構大事な習慣だったりして」
飄々とした表情でトリプルエスプレッソを飲みながら、風花がぽつりとつぶやく。
私の手元にあるキッシュが、サクッと音を立てて白い皿に茶色い雪を降らせた。



