万穂露(まほろ)ー、ここの公式なんだったっけ?」

付箋だらけの参考書をめくってもめくっても、数学の公式の易しい解説なんてどこにも載っていない。

「んー?これはね、三角関数の加法定理の公式①だから…」

イヤホンを外して、万穂露がこちらに身を乗り出してくると、彼女の顎ぐらいの長さでさっぱり切られたショートヘアが揺れた。

水渡(すいと)高校のテスト期間は、高校の近くのスタバがちょっとした自習室のようになる。

制服やら私服姿の同級生たちがあちこちの席に散らばって、参考書を広げたり、タブレットを操作したり。誰かが小さく「やば…」とつぶやけば、別の席から「それな…」と返ってくる。

そんな空気の中でも、万穂露の声は不思議とよく通って、ちゃんと恵茉(えま)の耳に届く。

「ありがと!」

彼女が教えてくれる内容に合わせて数字を代入していくと、なんとか問題の答えにたどり着けた。

お礼をすると、「お安いもんですよ。あ、そうだ恵茉。長文読解の和訳がよくわかんないからちょっと教えて」と交換条件を提示された。

「いいよ。あ、書きこんじゃってもいい?」

万穂露のOKをもらい、筆箱から取り出した淡い緑とピンクのマーカーで主語と動詞の部分に線を引っ張っていく。

「こんなふうに主語と動詞に線を引っ張ればわかりやすいよ」

「あー…確かにわかりやすい!ありがと‼」 

手放しに褒められて、ちょっと恥ずかしくなってしまった私は無意識にスタバのカップをあおった。

「あ、ない…新しい飲み物買ってくる」

トートバッグから財布を取り出して、席を立とうとすると「待って」と万穂露から制止された。

「英語教えてくれたから私がおごるよ」

いつの間にか万穂露もシャーペンを置いて、財布を持っている。

「いや、申し訳ないよ…」

「じゃあ、恵茉は私の分をおごるとか?」

いたずらを仕掛ける子供のような目でじっとみつめられ、「まあいいよ」と二つ返事で承諾する。

「やった~!グランデ飲んじゃおっかな」

「おごってもらうんだからちょっとは遠慮しなっさーい!」

スタバのレジに並び、