「お先に失礼いたしましたですわよ~」
風花はいつも通り、うさ耳のついたふわふわのパジャマに身を包んでいた。
「じゃあ私が行きますわよ~」
風花のふざけた口調に合わせて、私もおどけながら自分の部屋に向かう。
彼女の部屋のドアを閉めると、ふわふわのラグの感触が名残惜しく足裏に残った。
風花の「お先に失礼いたしましたですわよ~」というふざけた声が、まだ耳の奥に残っている。
途中で自分の部屋によってパジャマと下着を取りに行ってから、脱衣所の電気をつけて制服を脱ぐ。
白い湯気がふわりと立ちのぼる浴室に足を踏み入れると、肌がじんわりと緩んでいく。
寒さでこわばっていた指先が、湯気に包まれて少しずつほどけていくのがわかった。
体を軽く洗ってから湯船に浸かると、私の長い黒髪が湯船にぷかぷか浮いていた。
「ふぅ……」 小さく息を吐くと、天井に向かって湯気がゆらゆらと昇っていく。
目を閉じると、今日のことがゆっくりと脳裏に浮かんだ。
塾のこと、スタバのこと、風花の笑い声。そして、あの言葉。
──「毎週木曜は、私たちのご飯作らへんよ」
『私たち』。
その響きが、胸の奥でじんわりと広がる。
風花にとって、私の家が“自分の居場所”になっているのなら、少し誇らしい。
でも、いつかその『私たち』が終わる日が来るのかと思うと、少しだけ寂しい。
お湯の中で、指先を軽く動かすと、水面が揺れて、天井の灯りがきらきらと反射した。
「……ま、今は考えんとこ」
ぽつりとつぶやいて、湯船に背中を預けた。もう2度とやってこない今日の温度と、今日の記憶を、そっと身体に染み込ませるように。



