Existence *

「帰ろ」


ここに居るわけにもいかない。

ここで朝を迎えるわけにもいかない。


美咲の傍にあったバッグを掴んで、美咲の手を引く。

だけど数歩進んで歩いていた美咲の足が不意に止まった。


「…美咲?」

「……」


そう声を掛けて振り返り、俺は美咲に視線を向ける。


「どした?」

「…ごめん、迷惑かけて」


やっと吐き出した美咲の掠れた声。

その言葉に俺は頬を緩めた。


「別に迷惑じゃねぇし。むしろ俺が来たことで迷惑だった?」


だったらごめん。

俺の言葉で美咲はゆっくりと俯いたまま首を振った。


「…ごめん」

「謝ってもらう意味もわかんねぇんだけど」

「…うん」

「うんって、余計にわかんねぇ…」


思わず苦笑いをする。

再び美咲の腕を引き、俺は足を進める。

必然的について来る美咲の足が軽やかでない事は分かる。


ついて行こうか、どうしようか迷ってる足取り。

だけど俺はその美咲の足を強引に進めさせた。


その足音をかき消す様に波の音が静かに聞こえる。


車に乗り込んで美咲に視線を送ると顔を背け、ただ助手席から見える窓の外をぼんやりと眺めていた。

だからなのか俺はそんな美咲に声を掛けることも出来なかった。


そっとしておいてほしい。

そんな空気が流れるこの空間。


俺は口を開くことなく、ただ車を走らせた。


美咲の家に連れて帰ろうか悩んでしまった。

でも、このまま美咲を送って別々に帰ることが俺には出来なかった。

信号待ちで美咲に声を掛けようとし、美咲を覗き込むと目を瞑っていた所為で聞く事も出来ず、俺はそのままマンションまで帰った来た。