ハイヒールの魔法

「もう朝だ」
「楽しい時間はあっという間に過ぎちゃいますね」
「もっと一緒に話したいけど、そろそろ寝る時間だよね」
「起きる時間じゃないんですね」

 クスクス笑いながらも、この時間が終わってしまうのがもったいない気がして寂しくなる。

「今日はゆっくり休んで、明日の夜に迎えに行ったらダメかな? オススメのうどん屋さんがあるんだ」

 そう言われた瀬名は驚きながらも、少し時間を置いてから頷く。

「お迎え、バイクで来てくれる?」

 徹平が目を見開いたので、瀬名は慌てて言い直した。

「あの疾走感が気持ち良かったというか……」
「スーツでバイクでいいなら」

 なんてアンバランスな姿──想像して、二人揃って吹き出す。

「最高なお迎えですね」

 こんなお願いを聞いてくれるなんて──初めて自分自身を肯定された気がして嬉しくなる。

 その時、徹平の頬が赤く腫れていることに気付き、瀬名は手を伸ばして彼の頬に触れる。すると徹平はその手に自分の手を重ねる。

「少しこのままでいてほしいな。冷たくて気持ちがいいから」
「……急に叩いてしまってすみませんでした」
「元はといえば俺のせいだから」

 徹平は瀬名の手を取ると、そっと唇を押し当てる。その瞬間、まるで電気が流れたかのように体が震えた。ドキドキが手のひらから伝わってしまいそうで、緊張してしまう。

「手は冷たいけど、唇は熱いんだね」
「……は、恥ずかしいからやめてください」
「三木谷さんも同じ気持ちだって思って嬉しかった。キスが久しぶり過ぎて、本当はもっとキスしたい衝動に駆られてる」

 瀬名は顔を真っ赤に染め、困惑して視線をゆらゆらと揺らした。

「ずるいです。そんな可愛い顔で男前なんて……」
「でも瀬名のタイプど真ん中じゃない?」

 急に名前を呼び捨てにされ、体がピクッと反応してしまう。

「……大好きですよ、徹平さんみたいなタイプ」
「やっぱりね。俺たち、相性がいいみたいだ」

 身長なんて関係なかった。上手くいかない理由を身長のせいにして卑屈になっていただけ。

「さっ、そろそろ帰ろうか」
「そうですね」

 ヒールが折れた時は最低な夜の始まりと思ったのに、明けてしまうのがもったいないくらい素敵な夜になった。

 きっとあの瞬間にかけられていた魔法が解けて、ありのままの自分でいられる等身大の恋が舞い降りた。

 再び走り出したバイクの後部席で徹平の熱を感じながら、喜びに目を伏せた。