遠くても、近くても ─君を想う1ヶ月間─



 ――国際空港に到着した。
 館内アナウンスが遠くで響く。にぎやかな人混みの中で、私だけが時間に追われていた。

 スーツケースを押している人の間を駆け抜け、掲示板を探す。
 ニューヨーク行きの運行スケジュールを確認すると、出発は40分後だった。

 ――ぎりぎり間に合うかもしれない。

 息を切らしたまま、目を左右に動かす。
 彼の姿は見つからない。
 広い空港館内で、一人を探すのは難しい。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 敦生先輩がくれたマフラーが、やけに熱い。
 ごくっと息を呑み、国際線出発エリアを目指して走った。

 すると、国際線出発エリアに向かっている人波の向こうに、黒いコートの背中が見えた――敦生先輩だ。
 思わず大きな声をあげた。

「敦生先輩!」

 彼は私の声に気づくと、ゆっくりと振り返り、目を大きく見開いた。

「里宇……、どうして」

 私は全力で走り、彼の前に立ち、呼吸で乱れている胸に手を当てた。

「繭花さんから音声メッセージを聞かせてもらったの。いまならまだ間に合うから、行かなきゃと思って」
「あいつ……」

 彼は口元に手を当て、眉をひそめた。
 たった2週間近く会えなかっただけなのに、私の胸が高鳴っていく――。

「あんたなんて自分勝手。私に嫌ってもらうように三島先輩を使って――仕向けさせた。しかも、ニューヨーク行きを黙ってた。なにも知らなかった自分が、バカみたいじゃない」

 ざわめきに包まれている中で、息を整えながら、一つ一つ伝えた。

「偽物の彼女だったけど、それでも知る権利はあった。卒業までまだ少し時間があるから、また会えると思ってたんだよ」

 鼻頭が熱くなり、声が震え始めた。
 出発エリアに流れていく人数が、少しずつ増えていき、彼との別れが現実味帯びてきたから。

「ごめん。嫌われれば、俺のことなんてすぐ忘れると思った」
「じゃあ、なんで好きだなんて言ったのよ。嫌われたいなら、最後まで突き通せばいいじゃない。……なのに、どうして」

 私も敦生先輩のことを忘れようと、必死だった。
 あんなやつ、もう二度と顔を見たくないって、何度も何度も考えていた。
 だけど、そう思えば思うほど、先輩からもらったマフラーが温かくなっていった。

「……雪が、また降り始めたから」
「えっ」
「怖かった。気持ちを伝えないで離れることが。綾梨を失ったあのときのように、伝えたいことを後回しにしてしまったことを後悔するんじゃないかって」

 彼の瞳は揺れていた。
 2年前の、自分を思い出しているかのように。

「だけど、俺は少なくとも4年間は傍にいてやれないから、忘れてくれたほうがおまえの為になるかなって思ってた」

 彼はそう言うと、寂しそうに小さく笑った。
 私は口をきつく結んで、制服のポケットに手を突っ込む。

「ばかじゃないの?」
「えっ」

 イヤホンを手にとって、彼の前に勢いよく差し出す。

「体は遠くにいても、声は近くで聞けるし、好きだと伝えられる。このイヤホンがある限り――」
「里宇……」
「……だから、彼女にしてよ。偽物なんて……もう嫌」

 そのひとことを伝えるために、どれだけの時間がかかったのだろうか。
 素直になりきれなかったあの頃に、もう二度と戻らないし、すれ違いたくない。
 大切な人を、これからも守っていきたいから。

 気持ちを叩きつけたら、瞳に涙がたまった。
 館内アナウンスが私の気持ちをざわつかせていたから。

「大切にする自信がある。離れ離れになっちゃうけど、信じて、待って、愛し続ける。だから……、だから私と――っ!」

 勢いよく言いかけている最中、彼は唇を重ねてきた。
 同時に、一粒の涙が頬にこぼれ落ち、手の力が抜ける。

 まるでスローモーションのようなひとときだった。

 唇が離れると、彼は穏やかな目で私を見つめる。

「大切に想っている分、怖くて素直になれなかった。突き放したら、お互い辛いことから離れるかなって。結局、弱い自分から逃げ出そうとしていた」
「……っ」
「でも、やっぱ無理。顔を見たら、余計に。おまえはいつも俺の中で一番だから」

 涙が止まらなくて、鼻をすすった。
 そしたら、全身が恋の色に染まった。

「先輩……」
「おまえを大切にしていくのは俺だけ。離れていても、ずっと想い続ける。だから、俺に声を届け続けてくれる?」

 涙を飛び散らせながら、大きく首を縦に振った。
 すると、彼は私の手を上から握りしめた。

「イヤホンは持ってて。これから4年間は、雑音のない『好き』を伝える。約束するよ」

 私は彼の首に手をまわし、ぎゅっと抱きしめた。

 涙が止まらない――。
 気持ちを伝えることが、こんなに幸せな時間を創り出してくれるなんて。
 嗚咽を零していると、温かい手が背中を撫でてくれた。

 ――私達はそれぞれ別の人を想っていた。
 でも、そこには複雑な事情や感情が絡まっていて、偶然にも私たちは出会ってしまった。

 いや、これは偶然じゃない。
 あの日に壊したイヤホンが、運命の糸のように、私たちを結んでくれたのだから。