遠くても、近くても ─君を想う1ヶ月間─



 ――1月4日。
 私は真央と神社へ初詣に来た。
 多くの参拝客で賑わい、ざわめきが辺りを包んでいる。
 時おり、屋台の香りが鼻につき、食欲をわかせた。

 手水舎に向かい、冷たい水で手を清め、本殿に向かった。
 二人で長蛇の列に並び、賽銭箱に小銭を投げて、手を合わせたまま頭を下げた。

「早く、あいつを忘れられますように」

 思わず声に出てしまった瞬間、真央はプッと笑った。

「呟いてる時点で、忘れてないじゃん。素直に忘れられないって言えばいいのに」
「だから違うって! あんな奴……ほんと、最低だし」

 言葉とは裏腹に、最後の日の手の温もりが蘇る。
 だめだ……。早く忘れないと。
 真央は列から外れると、私のマフラーに指をさした。

「それ、かわいい。似合ってる!」
「あ、このマフラー? 敦生先輩からのプレゼント」

 マフラーの先端を指先でつまみ、少しだけ引き寄せた。

「さすが、センスいいね」
「ま、まぁ……デザインは、気に入ってるけどね」

 マフラーは想像以上に温かい。
 あいつが酷いことを言ってきたのは事実だけど、物に罪はないから使ってる。

 小さく息を吐いて、白い煙が空に消えた。

「そのマフラーをしてるってことは……准平くんのこと、もう忘れられたの?」

 軽く口を結んで、首を縦に振った。

「多分ね。あんなに准平、准平って言ってたのに、他に好きな人がいたことを知っても、そんなに悔しくなかったし」
「どうして?」
「……わかんない。ショックだったけど、それ以上に、敦生先輩のことが心配になってた」

 先輩がこの事実を知ってしまったら、私以上にショックを受けるだろう。
 でも、もう偽彼女は終わった。
 私のことをなんとも思ってないと知ったから、早く忘れなきゃね。

 空を見上げると、木の葉がこすれ合うようにサラサラと揺れていた。

「里宇さ……。もしかして、本気で敦生先輩のことを――」

 真央の笑顔が少しだけ曇って見えたので、眉をひそめて首を振った。

「そんなわけないよ。私が、あいつを好きになるなんて……」

 そんなこと、絶対ない。
 ただ、イヤホンを壊した罪悪感に駆られただけ。
 同じ境遇だったから、同情しただけ。

 好きになんて、なってない。
 ただ、あいつの笑顔が頭に浮かぶだけ。
 マフラーがあったかくて、悔しくなる。

 小さなため息をつきながらおみくじを引くと――大吉。
 恋愛運は、『かならず叶う』。

 全然当たってない。
 2年越しで准平にフラれ、あいつにもひどいことをされた。
 でも、もう誰にも振り回されない。

 悔しいから、真央と一緒におみくじを結ぼうと思った。
 でも、願いを込める真央の横顔を見てたら、結べなかった。
 願いが叶うかどうかなんて、わからない。
 けれど、ほんの少しの希望に賭けてみたい自分もいる。

 もう少しだけ持っててもいいかな。
 運気が上がればいいし。
 おみくじは、お財布の中へしまった。

 私は弱虫だ――。
 まだ、願いを結ぶ勇気さえ出せていない。
 でも、次こそは、胸を張って笑える自分でいたい。