遠くても、近くても ─君を想う1ヶ月間─



 ――私は墓苑を離れた後、一人で遊園地に行き、観覧車に乗った。
 小さなかごに揺られながら、外を見つめる。

 先日、敦生先輩と一緒に乗ったときは、周りの景色なんてよく見えなかったのに、いまは曇っていても遠くの山まではっきり見える。
 なにもかもを失った、いまの私のように。
 でもきっと、晴れている日は、さらに素敵な景色が見えるだろう。

 准平からもらったはずのマフラーが、綾梨さんへのプレゼントだったなんて信じられない。
 そうとも知らずに、自分のものだと思って、喜んで使っていた。
 この恋が一方通行だったと知ったのは、全てが明らかになった2年後だなんて皮肉な話。

 マフラーをするりと解き、ぎゅっと握りしめた。

 それだけじゃない。
 准平と綾梨さんが付き合ってたなんて、気づかなかった。
 部活が忙しいとは聞いていたけど、そこに恋愛感情が挟まれていたなんて。
 あの日のデートは、私に好きな人ができたとでも言おうとしてたのかな。

「はぁ……」

 俯くと、深いため息が漏れた。
 しかし、観覧車の軋む音が、心の奥のなにかを呼び覚ました。

 ……ん、ちょっと待って。

 敦生先輩は、あの日が最後のデートだって言ってた。
 それなのに、綾梨さんは准平と一緒のバスに?
 もしかして、二人は同じ方向に向かっていたの?

 そう考えていたら、額からサッと血の気が引き、指先が震えた。

 もしこの推測が正解なら、私と敦生先輩はさらに傷ついていた。
 准平からマフラーを貰わなかったし、きっと敦生先輩とも出会わなかった。
 それぞれ、途方に暮れた1日になっていただろう。
 さらにこの2年間は、また違う景色が見えていたかもしれなかった。

 雲が流れ、空の色がゆっくりと薄灰に変わっていき、胸をざわつかせ、息が詰まるようだった。

 ――でも、そんなこと関係ない。
 どっちにしても、私は綾梨さんの代理でしかなかった。
 信じられる人がそばにいてほしいと言っていたから、せめて私だけでもと思ってたのに。

「なによ、あいつ……腹が立つ」

 とは言え、偽彼女に同意したのは自分だ。
 もっと素直になって、三島先輩との会話を問い詰めればよかった。
 なのに、聞いた内容をそのまま鵜呑みにして、離れることばかり考えてしまった。

 結局、大事な話はいつも後回し。
 それが嫌だから、変わろうと思っていたのに。

 目頭が熱くなり、視界が霞んでいく。

 ……でも、もう終わった話。
 偽彼女契約は期限が切れたし、事故は遠い過去の話。
 いまさら過去を知っても、どうにもならない。
 早く忘れて前を向かなくちゃ。

 観覧車を降りると、小雨の冷たさが胸に沁み、迷いが少しずつ溶けていくようだった。

 いつか、春は訪れるのだろうか。
 もし春が来るとしたら、そのときは自分の足で歩いてみせる。
 
 頬を濡らしていた雨は、心の迷いを流すかのように、より一層強くなった。

 ――もう二度と、迷わないように。