――冬休みを迎えた。
私は毎日ベッドの上でゴロゴロして、スマホを見ては、ベッドに投げ捨てていた。
敦生先輩からの連絡を待ってるわけじゃないし、忘れなきゃいけない。
でも、どうしても敦生先輩との時間が忘れられない――。
「あぁっ! もう! ……あいつ、どうしてあんな酷いことを」
イライラしても、仕方ないのにね。
そうだ、心を浄化するにはお墓参りが一番かもしれない。
私には、やっぱり准平しかいない。
ベッドから立ち上がったあと、コートに着替え、無意識にマフラーを掴んだ。
でもそれは、敦生先輩がくれたもの。
悔しくて、ベッドの隅に投げた。
代わりに、准平がくれたマフラーを掴んで、首に巻いた。
指に引っかかる縫い目に、目線が吸い寄せられる。
これにも敦生先輩の想いがぎゅっと詰まっていて、胸が痛む。
「なによ、あいつ……。勝手に人の心に入ってきて、乱していったくせに」
嫌いにならなきゃいけないのに、なぜか思い出してしまう。
いい思い出も、悪い思い出も。
どれも大切な思い出になっていたはずなのに。
『1ヶ月間、すげぇ楽しかった。おまえを選んで正解。人を信じる気持ちを思い出させてくれたのは、おまえだけだったよ』
あのときの言葉も、嘘だったの?
綾梨さんの代わりとして、利用されただけ。
絶対に許せないんだから。
もう、思い出すのも嫌なのに……。
首を横に振って、妄想をかき消してから、部屋を出た。
一人で准平のお墓へ向かい、花を添え、手を合わせた。
お墓参りの時期から外れているせいか、木々のざわめきが墓苑を包みこんでいる。
線香の香りが身にまとい、二羽のカラスが頭上を通って影を作る。
「まさか、同じような傷を持った人が、こんな近くにいたなんてね」
綾梨さんのお墓に連れて行ってくれたときの言葉も、全部嘘だったのかな。
酷いことをしてきたのに、どうしても信じられない――。
「これからは、准平だけを想い続けるね。あんな奴のことなんて、二度と思い出したくない」
お墓を離れようとすると、正面には花を持った准平の母親がこちらへ向かってきた。
向こうが先に気づき、首を傾ける。
「里宇……ちゃん?」
「あっ、どうも」
ペコリと頭を下げると、彼女はお墓の前に手荷物を置いた。
「もしかして、定期的にお花を添えに来てくれていたのって、里宇ちゃんだったの?」
「あ、はい。私には、こんなことくらいしかできないから」
あのとき私が約束したせいで、准平は帰らぬ人に。
「ありがとう。准平も喜んでるわ」
母親はお線香をあげて、手を合わせた。
鳥の鳴き声が、頭上を通り、遠く消えていく。
「あれからもう2年ね。今頃、天国で彼女と幸せにしているかしら」
母親はお墓を見つめて、ふっとため息をつく。
その言葉が、線香の煙のように周囲の音をかき消した。
「彼女……って? なんのことですか?」
私は思わず首を傾げた。
「1ヶ月くらい付き合ってたのかな。事故の日も、彼女に会いに行くってはりきってたの。きれいな子だったわよ。たしか名前は……えっと、綾梨ちゃんって言ったかしら?」
「えっ、綾梨?!」
「何度も写真を見せてきたから、しっかり覚えてる」
事故当時、亡くなったのは五名。
運転手を除くと、残りは四名で、そのうちの一人は准平。
でも、敦生先輩の彼女も亡くなったと聞いた。
つまり、三名のうちの一人は綾梨さんだったということ。
偶然は、こんなにも残酷だ。
「そ、その話、詳しく聞かせて下さい!」
母親に詰め寄って、詳細を聞いた。
風の音が止まった。
なにかが胸の奥で、静かに崩れ落ちた。
事故当日、准平は彼女に会いに行くと伝えていた。
私は病院で彼の父親から紙袋を受け取ったとき、マフラーは自分のものだと思い込んでいた。
彼の父親は、幼なじみの私へのプレゼントだと勘違いしていたから。
つまり、いま身につけているマフラーは、綾梨さんへのプレゼント。
「好きだ」と書いてあったメッセージもそう。
全部、私のものじゃない。
「……っ!」
あの人の言葉が、今さらになって胸の奥を刺した。
それまでは両想いだと思っていたけど、本当は一方通行だった。
これも全て、自分の気持ちを伝えなかったことが原因だったのかもしれない。
木漏れ日が、まるで小さなスポットライトのように私を照らす。
「里宇ちゃん。幼なじみとして気にかけてくれるのは嬉しいけど、過去に縛られちゃダメよ」
「あ、はい」
失恋が確定してしまったことに気付かされたけど、敦生先輩も同じ――。
イヤホンが手放せないほど、綾梨さんのことを大切に思っていたのに。
カサカサと宙を舞う枯葉が、心をざわめき立てた。
どうして世界は、こんなにも残酷に重なり合わせるのだろう。
私の小さな幸せと、彼の運命は、こんなにも遠く隔たっていた。



