遠くても、近くても ─君を想う1ヶ月間─



 ――翌日の昼、私は中庭に向かっていた。
 今朝、三島先輩が昇降口で待っていて、昼に大事な話があると伝えられた。
 きっと、敦生先輩の話なんだなと思いながら。

 中庭に繋がるガラス扉を開くと、茂みの奥に三島先輩の背中が見えた。
 でも、そのさらに奥には敦生先輩の姿が。
 胸がトクンと高鳴った。
 昨日別れたばかりなのに、どうして体が反応するんだろう。
 ゆっくりと近づくと、二人の会話が聞こえてきた。

「里宇ちゃんともう別れたの?」
「うん。昨日で契約が終了したから」

 私の話題だと気づいた瞬間、ごくりと息を呑んだ。
 風で髪が揺れるたびに、気持ちがざわつく。

「じゃあ、目標達成……したんだね」

 三島先輩の言葉に、体がビクンと揺れ動き、足が止まった。
 ――目標、達成?
 なに、それ……。

「あぁ。やっと、あの頃やり残したこと、全部片付けられたよ」

 敦生先輩は冷たい眼差しで答えた。
 え、どういうこと?
 全身が凍りつくように冷たくなった。

「だってあいつ、ちょっと優しくしただけでイチコロだった。イヤホンを無くしたくらいで、普通ゴミ袋を漁るか? ……気持ち悪いだろ」

 嘘……だよね。
 あのときの笑顔も言葉も、全部本物じゃなかったの?
 震える指先で、拳を握りしめた。

「気持ち悪いって……、ちょっと、言い過ぎじゃない?」

 三島先輩の声が震えていた。
 しかし、敦生先輩は顔色一つ変えない。

「べつに。……もう他人だし、今後関わることは一生ないね」

 まるで別人のような口調に、私の胸がぎゅっと締めつけられ、息が荒くなった。
 イヤホンが見つかったときは、嬉しそうに見えたのに。
 
「で、でもさ……。本当は好きになっちゃったんじゃない? 結構いい子だったし、頑張りやだったよ?」

 三島先輩の声に、私をかばう優しさがにじみ出ていた。

「まさか。昔の彼氏の影を追ってる女だよ? 普通にありえないだろ」

 その瞬間、視界が真っ暗になり、足がよろけた。

「う、そ……」

 思わずその場を走り出していた。
 息を切らしながら屋上まで駆け上がった。
 扉を閉めると、背中を伝うように腰を落とした。

 ……私を、騙してたの?
 人を信じたいと言っていたのに。
 結局、私は綾梨さんの代わりだったの?

 信じたくない。
 だって、昨日の眼差しは、あんなに優しかったのに。
 あの日、先輩が倒れたことも頭に浮かんだ。
 眠ったままイヤホンを握りしめていたのも、綾梨さんが忘れられなかったから。

 手を顔に当て、溢れ出す感情を抑え込んだ。
 先輩の言葉が、嘘だと願いながら。

 ――でも、これは夢じゃない。

 誰一人いない屋上。
 冬の空気に包まれ、冷たい雨が額にぽつりと落ちた。
 まるで、誰かに「もう目を覚ませ」と突きつけられたように、惨めな気持ちに拍車をかけた。