――2日後の、12月22日。
昇降口に到着すると、敦生先輩が壁から離れ、私の方に向かってきた。
にこりと微笑んできた笑顔に、思わず胸がドキンとした。
「おはよ。おとといはありがとう」
「べっ、別に! 自分の責任だし……。それより体調はどうなの?」
素直に「昨日は遅くなってごめん」とか言えばいいのに――私、かわいくない。
サッと目線を落とすと、敦生先輩はすぐ手前で足を止めた。
「ずいぶんよくなったよ。ほら」
彼は前髪を上げ、自分のおでこと私のおでこを重ね合わせた。
私は重なる体温に、喉の奥が熱くなった。
「なにしてんのっ!」
おでこを押さえ、もつれた足で一歩下がる。
気付いた周りの生徒たちから、軽い悲鳴を浴びた。
「検温って、普通こうするんじゃない?」
彼は事態の大きさに気づいてないのか、涼しい顔をしている。
「するわけないっ! おでこ同士なんて……」
「え、これ普通じゃないの?」
「当たり前でしょ! みんなが同じとは限らない!」
あんなに近い距離、違反だよ。顔が近すぎた。息だって。
と思いつつも、彼の唇から目が離せない。
「全然大したことないじゃん」
「私にとっては一大事!」
「もう一回やる?」
「結構です!!」
激しく抵抗していたせいか、周りからくすくすと笑い声が届いた。
恥ずかしさと、やるせなさで、気持ちがいっぱいいっぱいに。
扉から吹き付けてくる風が、気持ちの温度を沈めていった。
「マフラー温かかったよ。いいの? 大切なマフラーを俺の首なんかに巻いて」
気づいたときには首から外してた――なんて言えなかった。
「雪帽子を被っていたから、絶対寒いなって。雪の予報だったのに、どうして傘を持ってなかったの?」
「電車に忘れた」
「それなら取りに行けば、7時間も待たずに済んだのに」
大雪の中を、偽彼女の私のために待つなんて。
「おまえとすれ違いたくなかった」
「えっ」
「約束ってさ、人に会うために行くから、ちゃんと会わないとね」
私たちは、約束の重みを知っている分、目を逸らせない。
廊下を響かせていたざわめき声が、時間経過とともに強くなっていった。
「もし、私が行かなかったら、どうするつもりだったの?」
唇を噛み締めたまま、布団から出ずに返信待ちしていた、情けない自分を思い返した。
「絶対に来ると思ってた。おまえなら、どんなに時間がかかってもね」
私を信じようとしている姿勢に、鼻の奥が熱を帯びた。
「どうして、そんなこと言いきれるの?」
「信じてるから」
彼の瞳の奥には、春の日差しのような温もりが宿っていた。
冷たい氷を身にまとっていた自分が、バカみたいに思えてしまうくらい。
「おまえのまっすぐなところ、ちゃんと俺に届いてたし、綾梨の歌を一緒に聴いてくれたから」
綾梨さんの名前が出てきた瞬間、思い出した。イヤホンを握りしめたまま眠っていたときのことを。
彼は遠い目で外を見つめた。まるで綾梨さんを思い返しているかのように。
そう言えば、話ってなんだったんだろう。
先延ばしになっている気がするけど、自分から聞くのも気が引ける。
ふと視線を感じ、目線を滑らせると、登校してきたばかりの繭花さんと目が合った。
向こうも、私に気づいた様子。
彼女はさっと目を逸らし、唇をかみしめて拳を震わせた。
きっと、私が敦生先輩と話しているから、気に食わないのかもしれない。
「繭花さん……」
「えっ、繭花?」
彼が振り返ったとき、繭花さんは視線を避けるように、階段を駆け上がっていった。
乾いたような足音は、小さな孤独を表してるようだった。
「あいつ。俺になにか話でもあったのかな」
敦生先輩は、私と繭花さんのやり取りを知らない。
繭花さんとは、マラソン大会を通じて少しはわかりあえたと思ったけど、なかなか距離が縮まらない。
次にまた同じ話が上がったら、私はどう答えたらいいかわからないし。
彼女が通り過ぎた階段は、シンと静まり返っている。
お互いこの状態のままではいけない。
苦しみをずっと抱え続けるだろう。
いつか、ちゃんとわかり合える日がきっと来る――私はそう信じている



