――12月15日の朝。
ブルッと身震いし、腕を組んだまま学校の昇降口に到着すると、繭花さんが私に近づいてきた。
少し前に、敦生先輩とのことを忠告してきたから、正直顔を合わせるのが気まずい。
彼女は目の前で足を止めた。
私はサッと目線を落とした。体中に鼓動が鳴り響く。
「あのさ、この前も言ったけど、いつまで敦生くんの傍にいるつもり?」
喉の奥から漏れるような声に、指先が冷たくなった。
「それは……」
「偽彼女を断ってって言ったよね。忘れたなんて言わせないよ」
彼女は腕を組んだまま、指先でリズムを刻んだ。
通り過ぎる生徒たちは、私たちの険悪ムードに気づいたのか、腫れ物に触るような目で眺めている。
「そっちが守ってくれなきゃ、お姉ちゃんが傷つくの。それに、私も……」
わかってる。
敦生先輩は、綾梨さんが忘れられない。
イヤホンのことを思い出すだけで、胸がぎゅっと締めつけられる。
亡くなった日は最後のデートって言ってたけど、二人にどんな事情があったかはわからない。
でも、いま私が離れたら、彼はどうなるのだろう。
まだ一人で星空を見れる段階じゃない気がしている。
「……ごめん、偽彼女は解消できない」
気付いたときには、彼女の提案を断っていた。
自分でもびっくりしている。
「なんで?」
すっと息を飲み込み、暴れている心臓をなだめた。
「実は私、敦生先輩と同じ。……2年前、好きな人を失ったの」
あの日のことを思い出したら、声が震えた。
最近は、敦生先輩の気持ちが、自分の痛みと重なって見えることがあるから。
「えっ」
「偶然ってあるんだね。彼の気持ちがわかる気がするし」
とはいえ、失ったのが恋人と好きな人では、想いの強さが違うかもしれない。
もしかしたら、私の気持ちの規模なんて、微々たる可能性もある。
正直、いま自分が彼の味方をしていることに、少し驚いている。
声は、昇降口のざわめきにまぎれた。
「もしその話が本当なら……友達でいい」
彼女は眉を吊り上げた。
その瞳の奥に、焦りがちらついた。
「えっ……」
「私っ、お姉ちゃんたちのこと一番よくわかってるし、敦生くんの気持ちだって。ずっとずっと、近くで見てきたんだから」
彼女は拳をぎゅっと握りしめ、瞳を揺らした。
「里宇さんがいなくても、なんとかなるの。だから……もう、そんな関係やめてよ」
きっと、繭花さんは敦生くんの幼なじみだから、心配しているのだろう。
他人の私がいきなり偽彼女だと言われても、気持ちが追いつかないよね。
「ごめん。繭花さんが心配している気持ちは、すごくよくわかる」
「だったら」
間髪入れずに返事をした彼女に、私は静かに首を振った。
「でもね、同じ痛みを知っているからこそ、寄り添える気がするの。きっと、彼に必要なのは、手を差し伸べてもらうことだから」
約束したから。
1ヶ月間は偽彼女になるって、自分で決めた。
あのときは、1ヶ月なんてすぐだと割り切っていて、面倒だとも思っていた。
でも最近は、この短い時間の中で、彼が少しでも前を向けるように願っている。
「意味わかんない……。知ったかぶりなんて、してほしくない」
彼女は肩で風を切りながらも、どこか不安げに、後ろ髪を引かれるように廊下の奥へ消えていった。
冬の冷たい空気をまとい、ざわめきを残して行くかのように。
少しずつ明らかになっていく彼の過去。
いつしか目を背けることができなくなっていた。
彼の心の痛みがじんわりと伝わるようになってから、放っておけなくなっていた。



