遠くても、近くても ─君を想う1ヶ月間─



 ――12月11日の夕方。
 自宅のベッドの上で、画面越しの笑い声を聞いていると、窓の向こうからバイク音が届いた。
 音が近くで止まると、敦生先輩からLINEが入った。
 見ると、『外を見て』と書いてある。

 起き上がってから、カーテンをスライドさせた。
 すると、敦生先輩が夕日を浴びていながら、家の前でバイクにまたがっている。
 目が合うと、彼はニコリと微笑み、軽く手を振った。

「うそ……、でしょ」

 すかさず上着を片手に持って、部屋を離れ、玄関を飛び出した。
 彼は門の外で、バイクの前に立ってヘルメットを抱えている。

「どうして、うちがわかったの?」

 私は上着に袖を通し、驚いた目のまま聞いた。
 住所を教えたことは一度もない。

「俺に生徒手帳を預けたことがあったでしょ。そのときに近所だなって」

 イヤホンを壊したとき、身分を明かすために生徒手帳を渡したことを、ふと思い出す。

「……住所、見たんだ。写真見るくらいだから……そうだよね」
「一応ね。家に迎えに来れば、”約束”とか関係ない?」

 胸がドキンと鳴り、目を逸らした。

「ま、まぁ……そうだけど」

 約束できないって言ったこと、覚えてたんだ。

「ちょっと出かけない? 三島にバイク借りてきたし」
「いまから? どこへ行くの?」

 彼はヘルメットを私の頭にスポンと被せた。
 視界が少し暗くなる。

「一緒に来てほしい場所があるんだ。そこに寄ったらすぐ帰るから」
「……すぐなら、いいけど」

 なんだろ、突然一緒に来てほしい場所なんて。
 素直に彼のバイクにまたがった。

「ちゃんと捕まらないと、バイクから落ちるよ」

 彼は私の気持ちなど無視して、腰に私の手を軽く回した。
 私は普段より接近した瞬間、顔がかぁっと熱くなる。
 彼はハンドルにかけていたヘルメットを取って被ると、なにかを察したように振り向いた。

「手、震えてない? 緊張してんの?」 
「私が? まさか」

 自分でも可愛げがないなって思ってる。

 エンジンがかかり、音と振動が体に届いた。
 バイクは発車し、ヘルメットの下から出ている髪がゆらゆらとはためく。
 風を切るたびに、どこかへ走っていく心を感じた。

 ――到着した先は、広大な敷地が広がる高原。
 草木が揺れ、乾いた風が私たちを包む込む。
 夕方に来たということもあって、空は満天の星で埋め尽くされている。

「きれい……」

 月光を浴びたまま呟いた。
 彼も隣で同じように空を見上げる。

「冬は空気が澄んでるから、星がきれいだよね」
「ホント……。素敵」

 辺りは静寂に包まれていて、遠くから車の走行音をわずかに浴びた。
 まるで、世界に二人だけが残されたよう。
 吐く息が白く揺れ、ほんのりと灯っている街明かりが、星と地上を繋ぐ糸みたいに瞬いていた。

「実は、大事な話があって……」

 隣からボソッと聞こえた。

「大事な話? なに?」

 すかさず聞き返して顔を向けたけど、彼は空を見上げたまま。
 唇がわずかに震えているように見える。
 そんなに重要な話なのかな。

「あ、うん……」
「なになに?」
「…………ごめん。やっぱり、また今度」

 彼はそう言って小さく息を吐いたあと、軽く笑った。
 大事な話――なんだったんだろう。
 違和感があったけど、また今度と言ってたから、彼の想いを後回しにしてしまった。
 ――これが、フィナーレに繋がることも知らずに。

「わかった。……今日はどうしてここへ?」

 そう聞くと、彼は再び空を見上げ、寂しそうな目で呟いた。

「綾梨と一緒に来る予定だった場所なんだ」
「えっ」
「約束してた。バイクの免許を取ったら、二人で星を見に来ようってね」

 自分のことでもないのに、胸がぎゅっとした。
 きっと、自分の姿が重なったんだと思う。

「綾梨さんと一緒に来れなくて、残念だったね。こんなに素敵な眺めなのに……」

 空に向かって、深いため息をついた。
 イヤホンが綾梨さんからのプレゼントと知ってから、彼の胸の痛みがじわじわと伝わるように。
 きっと、マフラーの件がなければ、ずっと彼の気持ちに気づかなかっただろう。

「里宇、いつもありがとう」

 彼は突然私の手を握りしめた。
 温もりが一つに重なる。

「へっ! なに、急に?」

 不覚にも、胸がドキンと鳴った。
 
「最近、自分らしくいられるような気がする。……おまえがいるから」

 穏やかな目が向けられ、喉の奥がくすぐったくなる。

「そんなこと……。大げさだって」 
「イヤホンを触らなくても平気になった。おまえが意地っ張りなおかげかもしれない」

 彼は表情を一変させ、にやりと笑った。
 私はムスッと口を尖らせる。

「もう! ホントにひどいんだから! 意地っ張りってなに? いつも先輩が怒らせるからでしょ」

 照れ隠しで、彼の腕を叩いた。

「そういうとこ、ホントにいいよな〜」
「ふざけないで! ホントむかつく!」
「かわいいって言ってるつもりだけど?」
「バカバカ! 思ってないことを言わないでよ!」

 全然、私のおかげじゃない。 
 敦生先輩が前に進もうと頑張っているから、不安にならなくなったんだよ。
 私も、前向きに頑張らなきゃね。

 私たちは無数の星に見守られたまま、笑顔を輝かせていた。
 一等星よりも、眩しいくらい――。