――ランチタイム。
冬の匂いが鼻をくすぐった。ツンとした冷たさが、胸の奥にまで届く。
私はマフラーの一件から気分が乗らず、一人で屋上へ向かった。
無意識で首元に手をやる。
そこにあるのは、もう温もりではなく、胸の痛みだけ。
教室にいれば、また誰かが見ている。
そう思うと、敦生先輩の傍にいるのが怖かった。
建物の影に隠れて、体育座りで顔を埋めた。
滴る涙を指の腹で拭い、鼻をすすっていると、屋上扉が開く音がした。
二つの足音は、少し遠くで止まる。
「敦生くん。……あのっ、半年間片想いしてました。私と、つきあってください!」
体がビクッと揺れた。
始まったのは、敦生先輩への告白だったから。
関係ない――そう言い聞かせても、息が詰まる。
「ごめん。彼女……いるから」
その”彼女”とは、偽彼女の私。
断る口実で利用されているのだろう。
見たくない。けど、耳が勝手に彼の声を追ってしまう。
「あの金髪の子だよね」
「うん、そう」
「あの子、敦生くんには釣り合わないんじゃないかな。……ひどい噂が立ってるし」
胸がキュッと苦しくなった。
そもそも、噂が始まったのも敦生先輩が原因だった。
傷つくのは、いつも私の方なのに――。
冷たい風で枯葉を舞わせ、心の奥をかき乱していった。
「自分が選んだ人だから、人にどうこう言われたくない」
その言葉が届いた瞬間、胸がドキンと鳴った。
体を傾けて二人を見ると、そこにはよくある告白風景。
ひとつ違うのは、彼が私の味方でいること。
「だっ、だけど! 人に泥水をかけるような野蛮な人なんて……」
「自分が本当のことを知ってればいい。人の目なんて、信用してないし」
「……っ! で、でも、あの子よりも、私の方が敦生くんのことを」
「ごめん。誰よりも信用してるんだ、あいつのこと」
その言葉が、冷たい空気を少しだけ温めた。
敦生先輩は、彼女をまっすぐに見つめている。
向かい風を浴びているその表情はピクリとも動かず、揺らがない姿勢を見せた。
彼女は小さく息を吐き、諦めたように目を逸らした。
靴音を響かせながら、こっちに走り向かってくる。
私は慌てて元の位置に戻り、再び体育座りに。
すぐ横の屋上扉がガシャンと閉まり、胸の奥に圧が加わった。
再び壁の横から覗き込むと、敦生先輩は柵に腕を預け、風を浴びていた。
なにかを思うように。
心臓の音が、耳の奥で鳴った。
私、あんなにひどいことを言ったのに、誰よりも信用してるなんて。
ううん、敦生先輩なんて……大嫌い。
素直にイヤホンを弁償させてくれれば、こんな辛い目に遭わなくて済んだのに。
胸が苦しくなり、鼻頭が赤く染まっていく。
空を見上げた。
冷たい風が頬を撫で、涙の跡を乾かしていく。
雲一つない青空が、胸の痛みをそっと包みこんでいった。



