そして、さらに数日後。
昼食中の食堂で、カイゼルが突然、人払いを命じた。
「ここ数日、ずっと、ある仮説を考えていた……リリアンは、どんな贈り物も喜んではくれない。アークライトの自治権も、経済的な利権も、貴方を動かすには足りない。……では、俺自身が、リリアンが夫にしたいと思える男に、変わるしかないのでは、と」
いつもリリアンを射抜いてくるカイゼルの目線は、明後日の方向を向いていた。滑らかで白い頬は、うっすらと赤く色づいている。
(てててて、照れている?! 陛下が?!)
「貴方の好みの男性像について、帝国中のあらゆる情報を集めたが……どこにも、なかった」
「……私が新聞などに載るとしたら、経済紙とかですから……個人的な情報は」
「そこで、直接聞くのが合理的だと、判断した。貴方の理想の男になりたい。そうすれば、貴方は俺を好きになってくれるだろう? だから、教えてくれ。俺は、どう、変わればいい?」
(む、無茶苦茶な)
「陛下は何も、変わる必要は無いのです。『特性』は頭の使い方の癖ですから、軽い病のように、簡単に治癒するものでもないですし。……それに婚姻を、私は愛情が付随する契約とは思っていないので。アークライトの幹部は、私個人の幸せを願ってくれているので、反対するでしょうが」
「……その言い方だと、貴方個人の幸せが、俺と結婚することと、両立しないように聞こえる。俺は、貴方が俺と結婚することで、幸せになってほしいのだ。貴方が一緒にいて幸せを感じられる俺に……俺は、なりたい」
「……その言い方ですと、陛下が私を……アークライトの総監としてでなく、リリアン個人を、幸せにしたいと思っているように、聞こえますが」
「そうなのか?」
「私に、聞かないでくださいっ」
「ああ……そうか。だから、リリアンと一緒にいると、痛いほどに心臓が打つのか」
腑に落ちたように呟く。
その後急に、カイゼルの顔が、真っ赤になった。
そのまま、黙り込んでしまう。
(え……まさか、陛下……。私の、コト、本気で。しかも今……自覚、した?)
つられたように、リリアンの顔も真っ赤になる。
(陛下、可愛い、かも)
「て、帝国一の美姫と謳われる姫の前でも、こ、これほどの熱を感じたことはない……。貴方は確かに、アークライトの女王だが……もう、あらゆる権力も領地も要らない。むしろ今となっては、邪魔にさえ思える」
カイゼルは立ち上がり、リリアンの前に跪いた。
「ただ一人の女性として、ただ一人の男である俺と、結婚してほしい」
■ ギデオン視点 ■
食堂の扉の陰。
顔を真っ赤にしたリリアンとカイゼルを、ギデオンはアッシュと共に、コソコソと覗いていた。
「恋人いない歴21年のリリィを、多分恋人いない歴25年の皇帝が口説いてる……」
「リリィ姉さんがモテないみたいに言うなよ。俺が、今までのライバルたちを蹴散らして来ただけだろ」
「俺達が、だろ?」
アッシュが、扉に手をかける。
「いつもみたいに、邪魔しに行こう! さらーっとさ。俺達もお昼なんですよ、奇遇ですねーって」
「やめとけ。……俺はねー、リリィが幸せになれんなら、それでいいと思ってる。……隣にいるのが、俺じゃなくても。皇帝サン、マジでリリィのこと好きじゃね? 帝国中の富と権力で、幸せにしそうじゃん。浮気なんて、絶対しなさそうだし」
「俺はっ、兄貴みたいに、大人になんかなれないよ。今だって飛び出してって、俺のだって、言いたい」
「違ぇよ……」
大人だから、ではない。最初から、手には入らない相手だと、どこかでギデオンが認めていただけだ。まさか皇帝が恋敵になるとは、思ってもみなかったが。
(今となっては、傷口えぐるだけだから、口に出せねぇけどよ)
ギデオンは、イライラと食堂内を伺う弟分を、ぼんやりと見遣る。
太陽光を透かすブロンドの髪に、透き通った空色の瞳。アークライト中の視線を集める美少年に育っていくアッシュの魅力に、その一途な思いに……いつかあの鈍い総監も、絆されると予測していた。
(本当は、アッシュと、お似合いだと、思っていたのですよ……”お兄ちゃん”は、さ)
昼食中の食堂で、カイゼルが突然、人払いを命じた。
「ここ数日、ずっと、ある仮説を考えていた……リリアンは、どんな贈り物も喜んではくれない。アークライトの自治権も、経済的な利権も、貴方を動かすには足りない。……では、俺自身が、リリアンが夫にしたいと思える男に、変わるしかないのでは、と」
いつもリリアンを射抜いてくるカイゼルの目線は、明後日の方向を向いていた。滑らかで白い頬は、うっすらと赤く色づいている。
(てててて、照れている?! 陛下が?!)
「貴方の好みの男性像について、帝国中のあらゆる情報を集めたが……どこにも、なかった」
「……私が新聞などに載るとしたら、経済紙とかですから……個人的な情報は」
「そこで、直接聞くのが合理的だと、判断した。貴方の理想の男になりたい。そうすれば、貴方は俺を好きになってくれるだろう? だから、教えてくれ。俺は、どう、変わればいい?」
(む、無茶苦茶な)
「陛下は何も、変わる必要は無いのです。『特性』は頭の使い方の癖ですから、軽い病のように、簡単に治癒するものでもないですし。……それに婚姻を、私は愛情が付随する契約とは思っていないので。アークライトの幹部は、私個人の幸せを願ってくれているので、反対するでしょうが」
「……その言い方だと、貴方個人の幸せが、俺と結婚することと、両立しないように聞こえる。俺は、貴方が俺と結婚することで、幸せになってほしいのだ。貴方が一緒にいて幸せを感じられる俺に……俺は、なりたい」
「……その言い方ですと、陛下が私を……アークライトの総監としてでなく、リリアン個人を、幸せにしたいと思っているように、聞こえますが」
「そうなのか?」
「私に、聞かないでくださいっ」
「ああ……そうか。だから、リリアンと一緒にいると、痛いほどに心臓が打つのか」
腑に落ちたように呟く。
その後急に、カイゼルの顔が、真っ赤になった。
そのまま、黙り込んでしまう。
(え……まさか、陛下……。私の、コト、本気で。しかも今……自覚、した?)
つられたように、リリアンの顔も真っ赤になる。
(陛下、可愛い、かも)
「て、帝国一の美姫と謳われる姫の前でも、こ、これほどの熱を感じたことはない……。貴方は確かに、アークライトの女王だが……もう、あらゆる権力も領地も要らない。むしろ今となっては、邪魔にさえ思える」
カイゼルは立ち上がり、リリアンの前に跪いた。
「ただ一人の女性として、ただ一人の男である俺と、結婚してほしい」
■ ギデオン視点 ■
食堂の扉の陰。
顔を真っ赤にしたリリアンとカイゼルを、ギデオンはアッシュと共に、コソコソと覗いていた。
「恋人いない歴21年のリリィを、多分恋人いない歴25年の皇帝が口説いてる……」
「リリィ姉さんがモテないみたいに言うなよ。俺が、今までのライバルたちを蹴散らして来ただけだろ」
「俺達が、だろ?」
アッシュが、扉に手をかける。
「いつもみたいに、邪魔しに行こう! さらーっとさ。俺達もお昼なんですよ、奇遇ですねーって」
「やめとけ。……俺はねー、リリィが幸せになれんなら、それでいいと思ってる。……隣にいるのが、俺じゃなくても。皇帝サン、マジでリリィのこと好きじゃね? 帝国中の富と権力で、幸せにしそうじゃん。浮気なんて、絶対しなさそうだし」
「俺はっ、兄貴みたいに、大人になんかなれないよ。今だって飛び出してって、俺のだって、言いたい」
「違ぇよ……」
大人だから、ではない。最初から、手には入らない相手だと、どこかでギデオンが認めていただけだ。まさか皇帝が恋敵になるとは、思ってもみなかったが。
(今となっては、傷口えぐるだけだから、口に出せねぇけどよ)
ギデオンは、イライラと食堂内を伺う弟分を、ぼんやりと見遣る。
太陽光を透かすブロンドの髪に、透き通った空色の瞳。アークライト中の視線を集める美少年に育っていくアッシュの魅力に、その一途な思いに……いつかあの鈍い総監も、絆されると予測していた。
(本当は、アッシュと、お似合いだと、思っていたのですよ……”お兄ちゃん”は、さ)
