「呪いではなく、特性です」ーーASD氷帝の孤独を癒やしたら、自由区の女王への溺愛が止まらないーー

 勅書に書かれていたのは、有無を言わせぬ命令だ。

『辺境自由区・アークライト総監へ告ぐ。 近日中に、皇帝カイゼル・レクス・アドラーが、当区の査察に赴く。 万全の準備を以て、これを迎えよ』


 リリアンはすぐに、アッシュの兄で副総監であるギデオンや、各省のリーダーたちを招集した。
「皇帝自らが、査察に……?」
 農業省のリーダーが、青い顔で呟く。彼の動揺は、会議室に集まった全員の気持ちを代弁していた。
「リリィ……じゃない、総監。皇帝の狙いは、一体何だ? 俺らを反乱分子と見做して、潰す気か?」
 ギデオンの瞳に、警戒の色が浮かんでいる。赤髪に海のような青い目の、アッシュにはあまり似ていない、野生味の強い美形だ。年齢は、29才。
「その可能性もあるけど……我々の経済規模から考えて、アークライトを帝国に組み込み、私たちのシステムの解体を目指すほうが、帝国にとってメリット。工業式農業のノウハウも、おそらく帝国は欲しがっている」
「気の遠くなるほど、荒れ地に種を植え続け……緑にしたのは俺達だぞ? 横取りしようってのかよ」
 苛立ったギデオンの声に、そうだ、そうだ、という賛同が重なる。
「帝国からみれば、荒れ地だったのをいいことに、いつの間にか『自由区』なんて呼ばれるようになった異分子。それが、私たち」
「……一応、税は収めてる。膨大な」
 内務省の代表が、ポツリと呟く。
「コトなかれ主義の辺境伯はそれで誤魔化されて……じゃねぇ、自治を認めてくれたけど、皇帝は無理ってことか……戦闘スキル持ちなんてほとんどいない俺達に、帝国の強大な武力に、抗える訳が」
「弱気になんなよ、兄貴! 俺たちが、どれだけの思いでこの街を作ってきたと思ってるんだ! 皇帝だの辺境伯だのに、好きにさせてたまるか!」
 アッシュが、兄に噛みついた。
「だが、相手はあの『氷帝』だぞ!」
 別の幹部が叫ぶ。

 カイゼル・レクス・アドラー。
 僅か15歳で帝位を継いだ、天才的な統治者。10年足らずの治世において、腐敗した貴族を一掃し、硬直化した法を改正した。斜陽となっていた帝国の経済を立て直し、経済大国として復権させた。
 しかし、一方で、彼の名は、恐怖の代名詞として、帝国全土に轟いていた。

 曰く、カイゼルは感情を持たない。その心は、帝室に伝わる呪いによって凍りついているのだ、と。
 曰く、カイゼルは血も涙もない。少しでもカイゼルの意に沿わぬ者は、たとえ側近であろうと、容赦なく切り捨てるのだ、と。
 曰く、カイゼルは完璧な支配を求める。帝国全土を、一つの綻びもない、巨大な機械に変えようとしているのだ、と。
 そんな噂が、行商人たちによって、この辺境の地にもたらされていた。
 その人物像は、リリアンたちが目指す、多様性を受容し、個々の自由を尊重するアークライトの理念とは、まさに対極にある。

 不安と恐怖が、会議室の空気を支配する。
(このままでは、士気が下がるだけ)
 リリアンは、パン、と手を叩いて、皆の注意を引いた。
「小手先の誤魔化しは、切れ者で完璧主義者だという皇帝には、通用しないでしょう。ありのままに、見せてやりましょう、個々の『スキル』なんかに頼らない『システム』の力を。……絶対に、負けない。私たちの理念が問われる、戦いだから」
 リリアンの言葉に、幹部たちの顔が、少しずつ明るくなっていく。
 そうだ。リリアンたちは、いつだってそうやって困難を乗り越えてきたのだから。
「……俺たちも、戦うよ。姉さ……総監の、隣で」


 そして、運命の日が来た。
 見張り台から、帝国の査察団の到着を告げる鐘の音が鳴り響く。
 リリアンは、アッシュや幹部たちと共に、アークライト自由区に入る正門で、カイゼルらを待った。

 門には、高らかに、アークライトの旗を掲げた。同じ高さに、帝国の旗も掲げておく。
(帝国を軽んじている訳じゃないってメッセージ……伝わるかしら。他国も尊重していることを示すために、万国旗も飾ろうかと思ったけど……前世の運動会みたいになりそうだし……)
 緊張をほぐそうと、下らない方向へ思考を飛ばす。

 やがて、地平線の彼方から、黒い人影が見えてきた。
 先頭を行くのは、豪奢な装飾が施された、巨大な黒塗りの馬車。
 それを一糸乱れぬ動きで護衛する、帝国最強と謳われる近衛騎士団。
 纏う鎧は、太陽の光を鈍く反射し、威圧的な銀色の光を放っている。

 馬車の列が、リリアンたちの目の前で静かに停止した。
 空気が、張り詰める。
 誰もが固唾を飲んで、馬車の扉を見つめた。

 やがて、従者が恭しく扉を開ける。
 ゆっくりと姿を現したその人物に、リリアンは息を呑んだ。

 カイゼル・レクス・アドラー。 アドラー帝国皇帝。

 噂に違わぬ、氷のような美貌だった。
 舞い降りる雪のような、白銀に輝く髪。そして、見る者の全てを射抜くような、冷たい紫水晶の瞳。
 齢25と聞いていたが、その佇まいは、悠久の時を生きてきたかのような、絶対的な威厳を漂わせていた。

 カイゼルは、ゆっくりと馬車から降り立つと、値踏みするように、リリアンと、リリアンの後ろに広がるアークライトの街を眺めた。
 ふと、カイゼルの瞳が、2つの旗に向けられた。
 しばらくその旗を見つめるが、その瞳には、何の感情も浮かんでいない。