コール音が続く。取らないか、やっぱ。
夫婦ゲンカか。切ないな。
ヤツのパートナーである香奈さんは、サバサバした性格でめちゃくちゃかっこいい。
私からヤツを取った人なのに、一ナノも悔しくないのは、同性としてめっちゃ憧れているからだ。
最初、ヤツから結婚するって聞いた時は本気腹が立った。私の香田将正を取るなって怒鳴ってやろうと思ったのに、会った瞬間向けられた笑顔に魅了されてしまった。
――香田香奈なんて『香』の次が重複していて、どんだけにおうんだって話よね。でも、世界一の美香《びこう》になるから。
――なるの? してもらうんじゃなく?
――自分でなるのよ。当然でしょ。
当然でしょ、がすっごくかっこよくて、あ、私の目標って、これだ……そう思った。
仕事ができて、ヤツを軽くいなせて、子育てもやってて、周囲から頼りにされて、人数倍頑張り屋で、愚痴っぽくなくて、人を尊重できるそんな人。
だから離婚してほしくない。
「うーん、やっぱ、ダメかぁ」
思わず声が出てしまった。あきらめて切ろうとした瞬間、音が変わった。
『もしもし、紗英ちゃん、お久しぶり』
取った! よかった!
「香奈さん! 今、どこにいるの!?」
『あーー、バレたか』
都合が悪い時、語尾を伸ばすのは香奈さんと智恵ちゃんの癖。親子だなって思う。
「バレもなにもさっき智恵ちゃんが来たんだもん」
『えっ、そうなの? あーー、あの子、困ったことがあったらすぐに紗英ちゃんに頼るから。そっかぁ』
「そっかじゃないよ。三日も雲隠れだなんて、香奈さんらしくなよ」
スマホの向こうで、あはははっという
「そりゃあ、お兄ちゃんが家事しないってぶっ飛ばしてやりたいくらいムカつくけど」
一応、香奈さんの前ではヤツのことは〝お兄ちゃん〟と呼んでいる。仕方ない。
『ぶっ飛ばすかぁ。そーだなぁ、グーで思いっきりぶっ飛ばしたら吹っ切れるかなぁ』
「吹っ切ることないと思うけど」
『はは、紗英ちゃん、言うよね。ムカついたのは、家事をしないことじゃないのよ』
「え? そうなの?」
『そんなの今に始まったことじゃないからね。確かに原因はそれなんだけど、今年と来年の二年だけ積極協力してくれたらいいのに、文句言ったら、帰ってくるのが遅くなるってのが腹が立つこと一で、今さ、私の仕事が佳境を迎えているところに先日後輩が辞めちゃってね、手が足りなくて大変なのよ』
そんな時期に? その人ちょっとどうなのって思った矢先、理由が始まった。
『その子のお子ちゃんに癌が見つかってね、看病のために辞めざるを得なくなったのよ』
それは……どうなの? なんて思ってごめん、その人。
『可哀相で、話聞いてる最中、私のほうが泣いちゃったよ。もう私がその子の分も頑張って、安心して退職できるようにしなきゃって思ったんだけど、直撃はやっぱ大きくてさぁ。だから、このヤマを越すまで協力してって言ったのに、将正ってば、逆に帰りを遅くするもんだから、頭に来たってわけでね。これが切れた理由二』
許すまじ、バカ将正!
『あと三日くらい籠れたらヤマを越すのよねぇ。紗英ちゃん、智恵にもうちょっとだけ我慢するよう、うまく言ってもらえないかな』
「それはいいけど、でもそんなの香奈さんが言えば済むことなのに。そも、どうして既読スルーなんかしてるの?」
『そりゃあ……』
尻つぼみになった香奈さんを促すことはせず、じっと待つ。でもすぐに言葉は続いた。
もし、煩わしかった、なんて言ったら、いくら義姉でも叱ってやる。
『傷つけるのがこわくて……』
「こわい?」
『だって……まるで邪魔だと言わんばかりのことしてるじゃない? 言葉でまで表したくなくて。終わってからまとめて謝るつもりだった』
「……そういう問題かな」
『だよね。反省してる。智恵が紗英ちゃんを頼ったって、智恵も紗英ちゃんにも迷惑かけた。本当にごめん。でも』
「でも?」
『あ、いえ、なんでもない。あと三日、ごめん!』
「わかった。智恵ちゃんにはうまく言っておく。でも、お兄ちゃんにも文句言うからね」
『あーー、それはーー。いや、いいや、そこは迷惑を受けた紗英ちゃんの判断に委ねる。紗英ちゃんと話して、ちょっと気持ちが緩んだわ。今夜はゆっくりお風呂に入ってリフレッシュする。で、一日でも早く終わらせられるように頑張るわ』
香奈さんは何度もごめんと謝りながら、電話切った。
妻であり、母であり、仕事人であることは、本当に大変なんだなぁ。
それなのに、ヤツってば、香奈さんをサポートしないなんて、クソだよ、ったく。
ヤツのイケオジな顔を思い浮かべながら怒ってみるけど、ふと、榛葉君の顔も浮かんだ。
榛原君はどうなんだろう。家事するタイプなのかなぁ。
ん?
どうしてここで榛原君が出てくるんだ、紗英よ。
いやいや、こんなことを考えている場合じゃない。智恵ちゃんにラインしないと。電話のほうがいいかな。
夫婦ゲンカか。切ないな。
ヤツのパートナーである香奈さんは、サバサバした性格でめちゃくちゃかっこいい。
私からヤツを取った人なのに、一ナノも悔しくないのは、同性としてめっちゃ憧れているからだ。
最初、ヤツから結婚するって聞いた時は本気腹が立った。私の香田将正を取るなって怒鳴ってやろうと思ったのに、会った瞬間向けられた笑顔に魅了されてしまった。
――香田香奈なんて『香』の次が重複していて、どんだけにおうんだって話よね。でも、世界一の美香《びこう》になるから。
――なるの? してもらうんじゃなく?
――自分でなるのよ。当然でしょ。
当然でしょ、がすっごくかっこよくて、あ、私の目標って、これだ……そう思った。
仕事ができて、ヤツを軽くいなせて、子育てもやってて、周囲から頼りにされて、人数倍頑張り屋で、愚痴っぽくなくて、人を尊重できるそんな人。
だから離婚してほしくない。
「うーん、やっぱ、ダメかぁ」
思わず声が出てしまった。あきらめて切ろうとした瞬間、音が変わった。
『もしもし、紗英ちゃん、お久しぶり』
取った! よかった!
「香奈さん! 今、どこにいるの!?」
『あーー、バレたか』
都合が悪い時、語尾を伸ばすのは香奈さんと智恵ちゃんの癖。親子だなって思う。
「バレもなにもさっき智恵ちゃんが来たんだもん」
『えっ、そうなの? あーー、あの子、困ったことがあったらすぐに紗英ちゃんに頼るから。そっかぁ』
「そっかじゃないよ。三日も雲隠れだなんて、香奈さんらしくなよ」
スマホの向こうで、あはははっという
「そりゃあ、お兄ちゃんが家事しないってぶっ飛ばしてやりたいくらいムカつくけど」
一応、香奈さんの前ではヤツのことは〝お兄ちゃん〟と呼んでいる。仕方ない。
『ぶっ飛ばすかぁ。そーだなぁ、グーで思いっきりぶっ飛ばしたら吹っ切れるかなぁ』
「吹っ切ることないと思うけど」
『はは、紗英ちゃん、言うよね。ムカついたのは、家事をしないことじゃないのよ』
「え? そうなの?」
『そんなの今に始まったことじゃないからね。確かに原因はそれなんだけど、今年と来年の二年だけ積極協力してくれたらいいのに、文句言ったら、帰ってくるのが遅くなるってのが腹が立つこと一で、今さ、私の仕事が佳境を迎えているところに先日後輩が辞めちゃってね、手が足りなくて大変なのよ』
そんな時期に? その人ちょっとどうなのって思った矢先、理由が始まった。
『その子のお子ちゃんに癌が見つかってね、看病のために辞めざるを得なくなったのよ』
それは……どうなの? なんて思ってごめん、その人。
『可哀相で、話聞いてる最中、私のほうが泣いちゃったよ。もう私がその子の分も頑張って、安心して退職できるようにしなきゃって思ったんだけど、直撃はやっぱ大きくてさぁ。だから、このヤマを越すまで協力してって言ったのに、将正ってば、逆に帰りを遅くするもんだから、頭に来たってわけでね。これが切れた理由二』
許すまじ、バカ将正!
『あと三日くらい籠れたらヤマを越すのよねぇ。紗英ちゃん、智恵にもうちょっとだけ我慢するよう、うまく言ってもらえないかな』
「それはいいけど、でもそんなの香奈さんが言えば済むことなのに。そも、どうして既読スルーなんかしてるの?」
『そりゃあ……』
尻つぼみになった香奈さんを促すことはせず、じっと待つ。でもすぐに言葉は続いた。
もし、煩わしかった、なんて言ったら、いくら義姉でも叱ってやる。
『傷つけるのがこわくて……』
「こわい?」
『だって……まるで邪魔だと言わんばかりのことしてるじゃない? 言葉でまで表したくなくて。終わってからまとめて謝るつもりだった』
「……そういう問題かな」
『だよね。反省してる。智恵が紗英ちゃんを頼ったって、智恵も紗英ちゃんにも迷惑かけた。本当にごめん。でも』
「でも?」
『あ、いえ、なんでもない。あと三日、ごめん!』
「わかった。智恵ちゃんにはうまく言っておく。でも、お兄ちゃんにも文句言うからね」
『あーー、それはーー。いや、いいや、そこは迷惑を受けた紗英ちゃんの判断に委ねる。紗英ちゃんと話して、ちょっと気持ちが緩んだわ。今夜はゆっくりお風呂に入ってリフレッシュする。で、一日でも早く終わらせられるように頑張るわ』
香奈さんは何度もごめんと謝りながら、電話切った。
妻であり、母であり、仕事人であることは、本当に大変なんだなぁ。
それなのに、ヤツってば、香奈さんをサポートしないなんて、クソだよ、ったく。
ヤツのイケオジな顔を思い浮かべながら怒ってみるけど、ふと、榛葉君の顔も浮かんだ。
榛原君はどうなんだろう。家事するタイプなのかなぁ。
ん?
どうしてここで榛原君が出てくるんだ、紗英よ。
いやいや、こんなことを考えている場合じゃない。智恵ちゃんにラインしないと。電話のほうがいいかな。



