「すっごーい!」

 突然真横で起こった歓喜にハッと我に返った。同時に、傍にいるはずの榛原君がいないことにも気がついた。キョロキョロと周囲を見渡す。すると近くのベンチに座って眠り込んでいる姿を見つけた。

 私は慌てて榛原君に歩み寄った。

(うわ、超熟睡中)

 完璧に眠っていて起きる様子はない。
 うーむ、どうしたことか。
 とりあえず、榛原君の横に腰を下ろした。

 入社して二年目だけど、大学の時からバイトで入っているので、もう五年くらいいる。それが昨日、いきなりあんなことやこんなことをしでかして、いったいなにがあったのか。

 それにしても……

 寝顔を覗き込んで気がついた。

 榛原君、まつ毛なっが! それでもって、けっこう色白で、可愛いよね? っていうか、綺麗な顔してるのよ、アイドルにでもなれそうなくらい。

 でも……私、年上のほうがいいんだけどなぁ。
 あ、そういう問題じゃない。

 私はさぁ、あの不良社長がどうにも好きで……絶対誰にも言えないんだけど、自分でも変態だと思うんだけど、どうにもできないのよ。

 ヤツを見たら、胸がドキドキして、苦しくなるんだ。お風呂上がりなんて、特に。

 いつもジェルでキメてる髪が水に濡れている姿や、上半身裸で歩いている姿とか、もう心臓が飛び出すくらいなのに、どうしてこの人と兄妹なの? って思ってしまう。

 愛人でもいいって思うのに、妹だったらどうにもできないじゃん。許されないし、第一向こうが相手にしない。

 気持ちよさそうに眠っている榛原君の顔を眺め続ける。
 先に進むよう促さず、ずっと待っていてくれた榛原君のため、私も起きるまで待っていようと思った。
 今まで意識したことのない人だったけど、こうやって座っていると、なんだか不思議と甘酸っぱい気持ちがこみ上げてくる。
 ヘンな感じ。

──人には添うて見よ馬には乗って見よって言うもんだ。

──俺は早くお前に最善のパートナーを見つけて欲しいんだ。けどよ、誰でもいいってわけじゃない。お前は妹で、ウチの大事なデザイナーだ。成功してもらわなきゃ困る。俺は人を見るのが仕事だ。俺のお眼鏡にかなったヤローじゃねぇと許さない。

 ヤツの言葉が蘇る。

 無茶言うわよ。不良社長、私はあんたに抱かれたいのよ。でもそれがかなわないからって、他の男でとりあえず、なんてどうなの? ムリだよ。榛原君が可哀相じゃない。

 なんて綺麗事を思ってみるけど、それじゃいつまで経ってもヤツをあきらめることも、吹っ切ることもできないよね。あぁ、ため息が出る。

 藤の花と榛原君の寝顔を交互に見ながら、なんとも言いようのないモワモワした感じと、フワフワした心地で、私はしばらくぼんやりしながら座っていた。

 それからどれくらい経っただろうか、榛原君の肩がビクンと動いた。

「あ」

 起きた。

「寝てた!」
「すっごく気持ちよさそうだった」
「すみません!」

 色白の榛原君の顔が真っ赤に染まった。なかなか可愛い。

「いいよ。こっちものんびりできたから」

 ニッコリ笑顔で返す。榛原君はますます顔を赤らめ、それからおずおずと話し出した。

「俺、大失敗したことを、今朝、思い知らされた」
「? なに?」
「朝一、社長室に突撃した」
「えぇ! まさかっ」
「そのまさか。紗英は俺がもらうって宣言したら、頑張れって言われて、で、異母兄弟だって教えられて、自分がピエロだって痛感させられた」

 それはちょっと違う気がする。

「社長の愛人って噂を信じ切ってた。スタートから間違ってる。けど、初めて会った時からずっと好きだった。今も。後悔はしてない。俺、そういうの気にならないから」

 榛原君の手がのびてきて、そっと頬に触れる。

「そういうのって?」
「社長の身内とか、腹違いとか」
「同じ腹違いでも、先妻の子とか、後妻の子とか、そういうんじゃなく、力いっぱい愛人の子よ?」
「たいして変わらないよ。本人重視だから」

 本人重視、か。

「そっか。でも……自分の気持ちに自信がない。榛原君を傷つけるんじゃないかって思ってしまう」
「それはNGって意味?」

 私は答えず、榛原君から藤棚に視線を移した。