シャッター音の響くスタジオ。売れないモデルたちが順番を待ちながら小声で雑談している。撮影という戦場であっても、ここのモデルたちはどこか緊張感が足りない。私、浜崎紗英は彼女たちを視線の端で捉えながらそんなことを思っていた。
きっと彼女たち、私がいるから浮き足立ってるのだと思う。服飾デザイン会社のデザイナーが見学に来ている、その状況に〝もしかして〟と考えていることくらい誰だってわかる。〝もしかしたらメジャーになれるかもしれない〟そんな思惑が彼女たちの目にクッキリと浮かんでいるから。
近々我が社が開く『ファッションと空間のコラボレーションショー』に使うモデルを選ぶために出向いたけど、チャンスを掴もうと思っている彼女たちの思惑がアリアリすぎて引いてしまった。
私のデザイナー名は『サエ』。
株式会社パラドックス専属の服飾デザイナー兼プランナー。
ファッション雑誌に載ったことがきっかけで注目されるようになった。社長の香田《こうだ》将正《ゆきまさ》が人の許可も取らずに強引に進めてその運びになったのだけど、雑誌に載るとはたいしたものだと痛感した。影響力、計り知れない。
「社長の愛人って説アリらしいわよ?」
「やだなぁ。私、パスかも」
「えー。注目されてるって聞くけど?」
「だからさぁ、社長のコネで煽ってるだけじゃないの? っての」
「そっかなぁ。私、デザイン好きだけどなぁ」
モデルたちは口々に好きなことを言っている。けん制しているような口ぶりだけど、実はそれは気を引くためのわざとなアピール方法。憎まれ口でもなんでもいいから目に留まることが大事だから。さらに褒めるよりもけなすほうが記憶に残りやすい。彼女たちの〝我こそは〟という思いはウザいほど強烈だ。
だけどね、私だって人間なのよ。嫌味言われたらムカつくっての。そんな見え見えのやり方で声かけるかっての。つーか、その情報、どっから引っ張ってきたのよ。
モデルたちの話は終わらない。無視して横を向き、撮影中のモデルを観察することに徹する。
なりふり構わず目に留まろうなんて二流以下。どんなにいいプロポーションしてても礼儀知らずは願い下げ。一般常識磨けってのよ。才能があってもビジネスは結局、礼儀が大事なんだ。万年売れないモデルやってろ。
胸の内で毒づき、スポットライトを浴びながらポーズを決めるモデルたちを見つめ続けた。
イマイチ。みんな似たり寄ったりで全然ダメ。個性個性って騒ぐくせに、やってることはみんな同じ方向で一色塗りって感じ。どこにも個性なんてない。
ため息が出た。
モデルのほうは、やっぱりベテランに頼もう。ここではオレンジかレモンかって感じでイメージには合わない。
私の中にあるもわっとしたイメージは、どうにも遠すぎて、モデルもドレスも、今の私にはムリなのかなぁって、つくづく。
二時間後、会社に戻ってきた。
自席に戻らず、直接社長室に出向く。ノックをしたあと、返事を待たずに扉を開け、部屋に入るとソファに座り込んだ。そんな無遠慮な様子にヤツは苦笑した。とはいえ、そのことは口にしなかった。
「オレンジか、レモンだって? ヘンなイメージだな。意味、わかんねぇし。人間語じゃねーよって感じだ」
口が悪い、そう思うけど、こっちもわざわざ口にしない。私の無遠慮な態度を咎めないのだから、こちらも口の悪さを咎める資格はない。
「仕方ないよ。そう思ったんだもん。みんな似てて、ダンボールの中のオレンジかレモンって感じ。若くて見かけがよくて、青くて、まだ爽やかさがあるから柑橘系。ただし、見聞きしたテクで気に入られようとしてたから、ヘンに熟れるのは時間の問題だと思う。どっちにしたって使いたくない」
「お前らしい暴言的表現だな」
「口が悪いのはお互い様」
チラリとヤツを見、私は変わらず無遠慮に続けた。
「あのさぁ、今日もバッチリ噂されて不愉快だったんだけど」
「なにが?」
入社以来ずっと言えずにいた言葉を口に中で転がしながら、ヤツをジロジロと眺め、意を決した。やっぱり、言おう今日こそは。
「あんたの〝愛人〟じゃないかってさ」
言った!
頑張った、私!
「へぇ」
目を丸くするか、怒り出すか、いろいろ想像したけど、「へぇ」とは意外な返事だ。私のほうが目を丸くしなきゃいけない。
「へぇじゃないわよ。十代の売れないモデルに言われてさ、ムカつくっつーの。聞こえてるっての! って叫んでやろうかと思った」
ヤツはニヤニヤと笑った。
「今に始まったことじゃねぇだろ?」
「……ぇ」
「実際、特別扱いだからそう思われても仕方ねぇんじゃねぇか? お前、人前でもタメの時あるからな。知らねぇヤツが聞いたらギョッとしてる」
「……それは、まぁ、そうかな」
「自業自得だろ?」
「はっきり言わないでよ」
みっともないふくれっ面を曝して睨んでみるけど、ヤツの笑いを取るだけだ。ヤツはますます得意気にニヤニヤ笑いを深めた。
「俺の顔を見ながら『好きに描かせてくれるならなんでもする、どうにでもしていい、社長』ってホザいたのはお前じゃなかったっけか? それを人前でも恥ずかしげもなく言うんだからよ」
確かにその通りだ。返す言葉がないから、開き直ることにする。
「おっしゃるとーり」
だけど私の開き直り作戦、ヤツにはやっぱり通じない。今度は真面目な顔をして、真面目な口調で切り返された。
「天秤にかけたら愛人のほうがいい」
私はヤツの顔をもう一度マジマジと見つめた。
きっと彼女たち、私がいるから浮き足立ってるのだと思う。服飾デザイン会社のデザイナーが見学に来ている、その状況に〝もしかして〟と考えていることくらい誰だってわかる。〝もしかしたらメジャーになれるかもしれない〟そんな思惑が彼女たちの目にクッキリと浮かんでいるから。
近々我が社が開く『ファッションと空間のコラボレーションショー』に使うモデルを選ぶために出向いたけど、チャンスを掴もうと思っている彼女たちの思惑がアリアリすぎて引いてしまった。
私のデザイナー名は『サエ』。
株式会社パラドックス専属の服飾デザイナー兼プランナー。
ファッション雑誌に載ったことがきっかけで注目されるようになった。社長の香田《こうだ》将正《ゆきまさ》が人の許可も取らずに強引に進めてその運びになったのだけど、雑誌に載るとはたいしたものだと痛感した。影響力、計り知れない。
「社長の愛人って説アリらしいわよ?」
「やだなぁ。私、パスかも」
「えー。注目されてるって聞くけど?」
「だからさぁ、社長のコネで煽ってるだけじゃないの? っての」
「そっかなぁ。私、デザイン好きだけどなぁ」
モデルたちは口々に好きなことを言っている。けん制しているような口ぶりだけど、実はそれは気を引くためのわざとなアピール方法。憎まれ口でもなんでもいいから目に留まることが大事だから。さらに褒めるよりもけなすほうが記憶に残りやすい。彼女たちの〝我こそは〟という思いはウザいほど強烈だ。
だけどね、私だって人間なのよ。嫌味言われたらムカつくっての。そんな見え見えのやり方で声かけるかっての。つーか、その情報、どっから引っ張ってきたのよ。
モデルたちの話は終わらない。無視して横を向き、撮影中のモデルを観察することに徹する。
なりふり構わず目に留まろうなんて二流以下。どんなにいいプロポーションしてても礼儀知らずは願い下げ。一般常識磨けってのよ。才能があってもビジネスは結局、礼儀が大事なんだ。万年売れないモデルやってろ。
胸の内で毒づき、スポットライトを浴びながらポーズを決めるモデルたちを見つめ続けた。
イマイチ。みんな似たり寄ったりで全然ダメ。個性個性って騒ぐくせに、やってることはみんな同じ方向で一色塗りって感じ。どこにも個性なんてない。
ため息が出た。
モデルのほうは、やっぱりベテランに頼もう。ここではオレンジかレモンかって感じでイメージには合わない。
私の中にあるもわっとしたイメージは、どうにも遠すぎて、モデルもドレスも、今の私にはムリなのかなぁって、つくづく。
二時間後、会社に戻ってきた。
自席に戻らず、直接社長室に出向く。ノックをしたあと、返事を待たずに扉を開け、部屋に入るとソファに座り込んだ。そんな無遠慮な様子にヤツは苦笑した。とはいえ、そのことは口にしなかった。
「オレンジか、レモンだって? ヘンなイメージだな。意味、わかんねぇし。人間語じゃねーよって感じだ」
口が悪い、そう思うけど、こっちもわざわざ口にしない。私の無遠慮な態度を咎めないのだから、こちらも口の悪さを咎める資格はない。
「仕方ないよ。そう思ったんだもん。みんな似てて、ダンボールの中のオレンジかレモンって感じ。若くて見かけがよくて、青くて、まだ爽やかさがあるから柑橘系。ただし、見聞きしたテクで気に入られようとしてたから、ヘンに熟れるのは時間の問題だと思う。どっちにしたって使いたくない」
「お前らしい暴言的表現だな」
「口が悪いのはお互い様」
チラリとヤツを見、私は変わらず無遠慮に続けた。
「あのさぁ、今日もバッチリ噂されて不愉快だったんだけど」
「なにが?」
入社以来ずっと言えずにいた言葉を口に中で転がしながら、ヤツをジロジロと眺め、意を決した。やっぱり、言おう今日こそは。
「あんたの〝愛人〟じゃないかってさ」
言った!
頑張った、私!
「へぇ」
目を丸くするか、怒り出すか、いろいろ想像したけど、「へぇ」とは意外な返事だ。私のほうが目を丸くしなきゃいけない。
「へぇじゃないわよ。十代の売れないモデルに言われてさ、ムカつくっつーの。聞こえてるっての! って叫んでやろうかと思った」
ヤツはニヤニヤと笑った。
「今に始まったことじゃねぇだろ?」
「……ぇ」
「実際、特別扱いだからそう思われても仕方ねぇんじゃねぇか? お前、人前でもタメの時あるからな。知らねぇヤツが聞いたらギョッとしてる」
「……それは、まぁ、そうかな」
「自業自得だろ?」
「はっきり言わないでよ」
みっともないふくれっ面を曝して睨んでみるけど、ヤツの笑いを取るだけだ。ヤツはますます得意気にニヤニヤ笑いを深めた。
「俺の顔を見ながら『好きに描かせてくれるならなんでもする、どうにでもしていい、社長』ってホザいたのはお前じゃなかったっけか? それを人前でも恥ずかしげもなく言うんだからよ」
確かにその通りだ。返す言葉がないから、開き直ることにする。
「おっしゃるとーり」
だけど私の開き直り作戦、ヤツにはやっぱり通じない。今度は真面目な顔をして、真面目な口調で切り返された。
「天秤にかけたら愛人のほうがいい」
私はヤツの顔をもう一度マジマジと見つめた。



