平静を装って、思い切って話しかけたはいいものの何を話せばいいのか分からない。
 彼女にとっては僕が話せていること自体が衝撃的で頭の整理が追いついていないはずだ。
 でもだからといって何も話さないわけにはいかない。
 緊張で不整脈を起こしそうだ。

 「す、涼風さんは、ここで何してるの ?」

 馬鹿か。
 そんなこと聞いてどうするんだ。
 重病だったらどうするんだよ。
 
 自分の会話のセンスの無さにほとほと嫌になる。

 「あ、ちょっと色々、あってね」

 瞬間、涼風さんの表情が曇ったのを、僕は見逃さなかった。

 何があったのか、話を聞いてやりたい。
 彼女の話し相手になりたい。
 何もしてやれないけど、話を聞くくらいはしてやりたい。
 そうしなきゃダメだ。

 使命感にも似た感情が僕の中で湧き上がった。

 「涼風さん、何かあった ?
 僕でよかったら話、聞くよ」

 「ううん。
 こんなに久しぶりな人にできるような話でもないから」

 涼風さんは静かにゆっくり首を振る。
 その仕草は落ち着いているように見えて、でもきっと、彼女の中ではもうすぐ何かが壊れそうなんだと思う。
 今度こそ助けたい。
 次は僕が彼女を支えたい。

 「じゃあ、言って」

 涼風さんは不思議そうな顔をして首を傾げた。

 「僕に向かって話さなくていいから、ただ言うだけでいいから。
 あったこと、思ってること、口に出してみてよ」

 「想來くん、ずいぶん変わったね」

 涼風さんの口角が上がった。
 高校時代と変わらない優しい笑顔が姿を現す。

 「会わないうちにずいぶんと逞しくなったんだね」

 優しく細められた目と、目が合って、顔が熱くなるのを感じた。
 彼女に対する感情は少しも変わっていない。

 「私ね、今、児童相談所で働いてるの。
 あれから色々あって大学で心理学を学んで、今年の春、心理士として働き始めたの。
 でも、実際に虐待の現場とかに出向くようになって、どんどんキツくなっていった。
 それで、昨日、出向いた場所で倒れて、ここにいる。

 わかってたんだよ。
 私にこういうのはまだ早いって。
 子どもを救うとかそんなの綺麗事だった。
 本当は私と同じような子を見て、安心していたのかもしれない。
 ああ、よかった、私より酷い子はまだいるんだって。
 ほんと、最低だよ。
 心理士なんてかっこいいもの、やる資格ない。
 私みたいな人に、誰も助けられたいわけないじゃんね」

 彼女の声はどんどん弱くなっていって、最終的には震え声に変わった。

 僕は何も声をかけてあげることができない。