エンドロール

 花曇りに、私はスーツ姿で一歩を踏み出した。
 新学期、新生活。
 そう呟かれる季節、私も仕事を始めた。

 「おはようございます」

 古びた施設に入り、挨拶をした。

 「えっと、涼風さん、ですね」

 人当たりのよさそうな所長さんが、笑顔でそう尋ねてくる。

 「はい、今日から配属になりました、涼風瑞輝です。

 よろしくお願いします」

 自己紹介をして、頭を下げる。

 「よろしく。
 私は、所長の水野です。

 じゃあ、桐原さん、教育係お願いしてもいいですか ?」

 水野さんは、優しそうな、私より少し年上だと思われる女性に声をかけた。

 「はい、わかりました。

 涼風さん、これからよろしく。

 席はここね」

 そのとき、電話が鳴り、向かいに座っている男性が受話器を取った。

 「はい、笹垣児童相談所です。
 どうされました ?」

 私と大して変わらない年だと思われたけれど、対応は慣れている。

 「子供の泣き声と大人の怒鳴り声が続いているんですね。

 住居は ?」

 「電話が来たら、ああいう風に、何が起きているのかを事務所全体に聞こえるように繰り返すの。
 そうすると、いちいち説明する手間が省けて、対応が早くなる」

 「なるほど」

 大学でも勉強したけれど、やっぱり現場にいると、わかりやすい。

 「今回は、様子見に行くだけで済みそうです」

 電話を終えた男性がそう言った。

 「それじゃあ、桐原さんと涼風さんに行ってもらおうかな。
 自己紹介とかもまだだけど、それはまた帰ってきてからで」

 おそらく班のリーダー的な存在だと思われる男性がそう言った。

 がっしりとした体格で、強面だけれど、口調はすごく優しい。

 「了解です。
 じゃあ涼風さん、行こっか」

 思いの外、あっさりとした初現場で少し拍子抜けしてしまった。

 早く一人前にならなければ。

 「事務所では特に、誰が電話をとるとかは決まってなくて、まあ手空いてる人がとる感じ。
 で、こういう扱いやすそうな事案は若手の仕事。
 たまにくる酷い虐待っぽいのは、さっきの班長、志村さんが出向いたり、ときには水野さんが行ったりもする」

 「酷い虐待…」

 私のも、その部類に入っていたんだろうか。

 「うん。
 殴ったり、蹴ったり、そういうの。
 まあでも、それもまだマシな方で、育児放棄みたいなのもあるけどね」

 「そうなんですか」

 「うん。

 しばらくはきてないけどね」

 くる、こない、の話なんだろうか。

 今も、どこかで、知られていないだけで、無数に起きているんじゃないだろうか。

 そんなことを思ってしまったけれど、言える立場にもないので、黙っておく。

 「とにかく、今回の事案は、何が起こってるのか一旦見るだけ。
 たぶん、ちょっと強く叱ってるだけだと思う。
 でも、涼風さんは見ててね。
 若い人が色々言うと面倒くさいことになっちゃうこともあるから」

 そういう桐原さんは、過去にそういう経験があるようだった。
 まあ、黙っていない新人さんも多いのだろう。

 私は、どうだろうか。

 取り乱さないでいることができるのだろうか。