きみのとなりは春のにおい

その朝のことを、ひよりは何度も思い返していた。

風に揺れる木の葉の音も、先生の声も、友達の笑い声も――どこか遠くに感じる。


藤宮宙。


名前を知っただけで、世界が少し変わった気がした。


怖かった記憶の中に、あの声と、まなざしが光のように差し込んでくる。


「……桜庭さん? プリント、回してくれる?」

「えっ、あ、ご、ごめん!」

慌ててプリントを渡しながら、内心で反省する。

(ダメだな、ちゃんとしなきゃ……)


そう思っても、胸の高鳴りはなかなか落ち着かなかった。