きみのとなりは春のにおい

「なんか、すごく落ち着いてて、静かな時間がちゃんと“特別”に感じられたっていうか……沈黙とかも、ぜんぜん気まずくなかったの。駅まで歩く時もね、自然と歩幅がそろってて……
あ、あと……」


ふと、ひよりが言葉を止めた。


そして、少し顔を伏せながら、小さな声で続ける。


「……“ひより”って、名前で呼ばれたの」


「───……えっ?」


まゆとしおりの目がぱちんと見開かれた。



「宙くんが!? 昨日、いきなり!? 名前で!?」

「う、うん。帰り道で、ふいに立ち止まって……“呼んでいい?”って聞かれて……」

「ぎゃーーーーーーっっ!!!」


まゆが机に突っ伏し、しおりが思わず口元を押さえる。


「それは、やばい。それは、やばい。ひより、ちゃんとその瞬間、心臓生きてた?!」

「なんとか……でも、一瞬、頭真っ白になった……」

「ねえねえ、理由は!? 宙くん、なんて言ってたの!? どうして名前で呼びたかったの!?」



ひよりはちょっと恥ずかしそうに視線をそらしながら、ぽつりと言った。


「“桜庭さんって呼ぶの、他人行儀な気がして”って……。
それと、“ひよりって、名前も雰囲気も似合ってると思うから”って……」


その瞬間、しおりとまゆが固まる。


「…………」


「…………それ、完全に好きな子に言うセリフじゃん」

「うん、むしろそれしか使い道ないじゃん、その言葉」

「ちょっとやめてぇぇぇぇ~~!」



ひよりが顔を覆うと、まゆがぐいっと手を引き剥がしにかかる。