きみのとなりは春のにおい

 「ねえ、ひより」


 
宙がふいに立ち止まり、ひよりの名前を呼んだ。


「……えっ?」


 
思わず驚いたように顔を上げるひよりに、宙はまっすぐな目で言った。


 
「……って呼んでいい? 桜庭さんって呼ぶの、なんだか他人行儀な気がしてさ。“ひより”って、名前も雰囲気も……すごく、桜庭さんに、似合ってると思うから」


 
その言葉に、胸がきゅっと鳴った。

 

鼓動が耳に響く。



「……お、お願いします……」


ぎこちなく返した自分の言葉が、我ながら変だったと気づいて、ひよりはあわてて視線を逸らした。


 
「ふふ……“お願いします”って。なんか面白いな、それ」


 
宙がくすっと笑う。


その笑顔が優しくて、あったかくて、見つめられたままじゃ正気でいられない気がして、ひよりは思わず口元を隠した。


 
「また、こうやってゆっくり出かけよう。……今日は、ほんとにありがとう」


 
「……わたしも。すごく楽しかった」


 
言葉にするのは少し照れくさいけれど、それでもちゃんと伝えたくて。


 

ひよりは目をそらさずに、まっすぐにそう答えた。