きみのとなりは春のにおい

一瞬、お互いが静かになる距離。


「なんか、あどけない感じでかわいい…」


「見せといてなんだけど、桜庭さんに“かわいい”って言われると、余計恥ずかしいな」


 
照れくさそうに耳の後ろをかく宙の横顔に、胸がきゅっとなる。


(……いつもクールに見えるのに、こういうとこ、ずるい)


「髪、だいぶ伸びたんだね」


「引退してから、あまり切ってなくて。今はちょっと整えるくらい」


無意識に髪をくしゃっと指でいじるその仕草すら、なぜだか胸に触れる。


「桜庭さんは? 部活やってた?」


「うん、中学のときは吹奏楽部。トランペット吹いてた」


「え、すごい! なんかかっこいいな」


「全然そんなことないよ……でも、楽しかった」


「音楽って憧れるな。俺、全然できないからさ」


「じゃあ今度、教えてあげようか?」


からかうように言ってみると、宙が目を見開いて、ふっと笑った。


「……じゃあ、楽しみにしとく」


その笑顔に、またひとつ、“知らなかった宙くん”を見つけた気がした。


(もっといろんなこと、知りたいな……)


 
図書カフェの静かな空気の中で、ひよりの胸にそんな想いが、そっと灯った。