きみのとなりは春のにおい

「……図書カフェか。うん、なんか落ち着いてていいね。静かな場所、俺も好きだし」

その声は、いつもより少し低くて、穏やかだった。
ひよりの胸の奥が、ふわりとほどけていく。


「今度の放課後とか……都合よかったら」


ためらうように続けたひよりの言葉に、宙が小さくうなずく。


「誘ってくれてありがとう。行きたい」


それだけで、十分すぎるくらい嬉しかったのに。



宙は、少しだけ視線を外して、照れくさそうに笑った。


「……桜庭さんと行くなら、たぶん、どこでも楽しいと思うし」


思わず、顔を上げて宙を見つめる。
視線が重なった瞬間、ひよりの胸が跳ねた。


宙は、ひよりの反応に照れたように目元を細めて、優しく笑う。



「……ほんとに? やった……! 楽しみにしてるね」


にこっと笑うひよりの笑顔は、朝の光のなかでひときわ輝いていた。



電車は変わらず走っているのに、ふたりの時間だけがゆっくりと流れていく。
ふれそうで、でもふれない距離。
けれど──


心の距離は、確かにまた少しだけ近づいていた。