その日も、"いつも通り"の、はずだった。
電車は今日もぎゅうぎゅうで、春の通学ラッシュはまだ続いている。
ひよりは、車内の窓側──ドアの少し奥に立っていた。
鞄をぎゅっと胸に抱えて、イヤホンもつけず、静かに。
できるだけ目立たないように、ただじっと、時間が過ぎるのを待っていた。
けれど、そのときだった。
――お尻に、何かが当たった。
最初は、誰かのカバンかと思った。 でも違う。 明らかに、「動き」があった。
意図的で、しかも──悪意のある触れ方。
(え……?)
息が止まった。 声が出ない。 身体が固まって、足が動かない。 喉の奥が詰まって、助けを呼びたくても、何も言えなかった。
知らない誰かの手が、自分に触れている。
それだけで、全身から血の気が引いた。

