きみのとなりは春のにおい


「……あ、宙くん。ここ、ちょっと……ついてる」

「えっ、うそ」


あわててナプキンで拭う姿に、思わず笑いがこみ上げる。


「……ちょっとかわいい」


──思わず、ぽろっと出てしまった言葉。
一瞬、空気がふわりと止まったような気がした。


(あっ、声にだしちゃった!)



視線をそらしてしまったけれど、宙くんは照れたように笑った。


「……桜庭さんにそう言われると、なんか嬉しいかも」


(……また、それ)


彼の一言で、さっきまで胸にあった不安が、すっと溶けていくのを感じた。


「……宙くんって、スイーツ食べてるとき、すごく楽しそうだよね」

「ん? ああ……やっぱバレてた? 今、たぶん人生で一番油断してる顔してると思う」

「うん、見てたし…見られてたよ。他の人からも」


宙くんは一瞬スプーンを止めて、ちらりと店内を見渡したあと、ちょっとだけ眉を下げた。