きみのとなりは春のにおい

息を切らして駆け込んでくるその姿に、胸の中がふっと明るくなるのを感じた。


桜庭ひより。


数週間前、満員電車の中で声をかけたのが最初だった。



そのときは、少し頼りなさそうで、放っておけないなと思っただけだった。


だけど今は――


目が合っただけで、気持ちがすっと落ち着く存在になっている。


「おはよう。……なんか、すごい急いで来た?」

声をかけると、ひよりは少し照れたように笑って答えた。

「う、うん……ちょっと、寝坊しちゃって……」


その時、視線の端にふわっと跳ねた髪が目に入って、思わず言ってしまう。


「なんか……寝癖、ついてるよ」


言った瞬間、彼女の頬がぱっと赤くなって、手で髪を押さえる。
それがまた、なんだか“らしくて”。


(……ほんと、表情がすぐ顔に出るな)


からかったつもりはなかったけど、慌てる仕草がかわいくてつい目で追ってしまう。