きみのとなりは春のにおい

「……あのっ。よかったら……連絡先、交換してもらえませんか?」  


言った瞬間、鼓動が耳の奥で響く。
でも、その目はしっかりと彼を見つめていた。

宙は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたあと、ふっと微笑む。

「うん。俺も、聞こうかなって思ってた。……教えて?」

スマホを取り出し、ふたりの画面を並べる。

指先がほんの少しだけ触れ合った瞬間、心が跳ねた。

ぴろん。

通知音が鳴り、ひよりのスマホに新しい名前が表示される。

【藤宮宙】

その文字を見て、胸がじんわり温かく膨らんだ。

そっと目を上げると、宙が自分のスマホ画面を確認している。



ちらり、とそこに表示された名前が見えた。


【ひより】

(……下の名前で登録してくれたんだ)

思わず笑みがこぼれる。


「……ありがとう、宙くん」

お礼を言うと、宙は少し驚いたように顔を上げ、すぐにそらした。

「うん」

──次は××駅。


アナウンスが流れ、電車はゆっくりと減速を始める。


ひよりの胸の中では、小さく、でも確かに未来へ向かう気持ちが動き始めていた。