きみのとなりは春のにおい


朝の電車には、独特の静けさがある。



誰もが眠たそうにスマホを見たり、目を閉じたり。
まるで、みんなが“今日という日”に運ばれているみたいだった。


ひよりは、小さく息を吐いて電車に乗り込んだ。



ドアが開き、人が流れ込んでくる。



揺れて、鞄が肩に当たって、誰かのイヤホンから微かに音楽が漏れてる。
そんな、いつもの朝。



でも――心のどこかで思っていた。


(……今日も、乗ってるかな)


目でそっと探している自分がいた。

名前も、学年も、何も知らない。



あの日、声をかけてくれた人。


不思議と忘れられなかった。
あのときの柔らかい声。
別の学校の制服。
そして、倒れかけた自分を支えてくれた、静かなまなざし。


──それだけなのに。


「……いた」


思わず、小さく声がもれてしまった。