鏡の中の嘘

「美奈さんは、なぜこちらへ……?」

美代の問いに、美奈はゆっくりと自分のことを語った。

鏡の揺れ、夜凪の微笑み、そして、気づけばこの世界にいたこと。

美代は、切ない表情でじっと耳を傾けていた。

その姿に、美奈は少しだけ救われた気がした。

話し終えたあと、美奈は胸の奥に湧き上がる思いを、そっと口にした。

「……美代さん。一緒に、出る方法を見つけませんか?」

その言葉に、美代の瞳が一瞬だけ輝いた。

けれど、すぐにその光は消え、彼女は目を伏せた。

「……わたくしには、できません」

「どうして……?」

美代は、ぽつぽつと語り始めた。

「昔、わたくしが来たばかりの頃……同じ年頃の女の子が、ここにおりました。とても明るくて、勇気のある方でした」

「その方と、わたくしは、現実へ戻る方法を探しておりました。希望を持って……毎日、少しずつ、手がかりを探して……」

美奈は、息をのんだ。

「ですが……ある日、夜凪さんに見つかってしまったのです」

美代の声が、かすかに震えた。

「その方は……鏡の奥へと引きずり込まれ……そして、二度と戻っては来ませんでした」

「……殺されたのですか?」

美代は、静かにうなずいた。

「ええ……この世界では、“消える”ということが、現実の“死”と同じ意味を持つのかもしれません」

沈黙が、二人の間に流れた。

鏡の世界の空気が、さらに冷たく感じられた。

それでも、美奈の心には、確かな決意が芽生えていた。

「……でも、私は、諦めません」

その言葉に、美代は、ほんの少しだけ目を見開いた。

その瞳の奥に、かすかな希望が揺れていた

美代の瞳には、かすかな光が揺れていた。 けれど、その表情は不安げで、すぐに伏し目がちになった。

「……わたくしには、やはり……勇気がございません」

その言葉に、美奈は何も言えなかった。 美代の過去の痛みが、あまりにも深くて、無理に引き込むことはできなかった。

それでも、美奈の心には、確かな決意が残っていた。

「……わかった。じゃあ、私が探ってみる」

美代は驚いたように顔を上げた。

「おひとりで……?」

「うん。でも、もし何か思い出したり、手がかりがあったら、教えてほしい」

美代は、ほんの少しだけうなずいた。

それから、美奈は一人で鏡の世界を歩き始めた。 歪んだ廊下、波打つ床、逆回転する時計。

この世界のどこかに、出口のヒントがある。 そう信じて、静かに、でも確かに、歩みを進めていった。