鏡の中の嘘

ふと、美奈は気になって、そっと問いかけた。

「美代さんは……どうして、ここに来てしまったんですか?」

美代は、少しだけ目を伏せて、寂しそうに微笑んだ。

「それは……あれは、家庭科の授業でございました。お嫁に行くための料理を学ぶ、そんな日でございました」

「料理の授業……?」

「ええ。そこへ、転校生として夜凪さんがいらしたのです。とても静かな方で……でも、どこか、目が冷たうございました」

美代は、言葉を選びながら、ゆっくりと語り始めた。

「その日、彼女が持ってきた食材を、わたくしは口にいたしました。何かが混ざっていたのかもしれません……食べた途端、意識が遠のいて……」

「えっ……それって……」

「目を覚ましたときには、体調不良ということで、夜凪さんがわたくしを家へ連れて帰ったと、そう聞かされました」

「でも……気づいたら、この洋館に?」

「ええ。訳も分からず、彼女のあとをついていったのです。そして……気づけば、ここに閉じ込められておりました」

美代の声は、少し震えていた。

「わたくしには、将来を約束した方もおりました。家族も、仲の良い兄弟や妹も……それが、ここに来てから、誰にも思い出してもらえなくなってしまったのです」

美奈は、言葉が出なかった。 鏡の世界の静けさが、急に重く、冷たく感じられた。

「忘れられるって……そんな……」

「ええ。まるで、最初から存在しなかったかのように……」

美代の瞳には、涙はなかった。 けれど、その微笑みの奥に、深い孤独が揺れていた。