鏡の中の嘘

美奈は、鏡の世界を歩いていた。

空気は重く、音もなく、まるで水の中を漂っているようだった。

「……暇だな……」

ぽつりとつぶやきながら、出口を探していると——

古びた棚のそばで、一人の女の子が静かに本を読んでいるのが目に入った。

紺色のセーラー服。

どこか古風な佇まいが漂っていた。

「え……っと、こんにちは」

声をかけると、少女はそっと顔を上げた。

「まぁ……あなた、こちらへいらしたばかりなのですね?」

「はい……そうみたいです」

少女は本を閉じ、静かに微笑んだ。

「わたくし、美代と申します。美しいという字に、代わると書きます。」

「えっ、私も“美”の字が入ってます。美奈って言います」

「まぁ、それは奇遇ですわね。なんだか、ご縁を感じます」

美奈は、少しだけ緊張がほぐれた気がした。

「美代さんは、ここにずっといるんですか?」

「ええ……もう、幾年も経ってしまいました。時の流れが、こちらでは少々曖昧でございますの」

「現代はどうなっていらっしゃるの?」

「外の世界って、今はスマートフォンとかあって、みんなそれで連絡したり、動画見たりしてます」

「まぁ……なんと便利な世の中になったのでしょう。わたくしの頃は、文通が主でございました。電話も、家に一台あるかないかという時代で……」

「えっ、文通って、手紙でやりとりするやつですよね?なんか、ロマンチックですね。」

「ふふ……そうですね。あの頃は、言葉を選び、心を込めて綴ることが当たり前でしたの」

静かな空間の中、美代はそっと口を開いた。

「わたくし、時折手鏡で現実の世界を覗いておりますの。そうしているうちに……現代というものに、興味を持ちまして」

美奈は驚いたように目を見開いた。

「ええ。鏡の中に映る景色は、まるで夢のようで……もしよろしければ、あなたのお話を聞かせていただけませんか?」

「もちろん!なんでも聞いてください!」

美奈は、今の中高生の遊びについて話し始めた。

プリクラを撮ったり、カフェで勉強したり、友達とスマホでゲームをしたり。

「最近は“昭和レトロ”って言って、昔の喫茶店とか、雑貨とかが人気なんだよ。フィルムカメラとか、レトロな制服もかわいいって言われてる」

美代は、目を輝かせながらうなずいた。

「まぁ……昭和が、そんなふうに呼ばれているのですね。なんだか、不思議な気持ちですわ」

「美代さんの時代って、どんな感じだったの?」

「そうですわね……放課後は、友人と文房具屋へ寄ったり、喫茶店でクリームソーダをいただいたり。手紙のやりとりも盛んでしたのよ。授業中は、先生の目を盗んでこっそり交換したりして……ふふ」

「え~!なんか、今よりも面白そう!」

「ふふ……そう言っていただけると、嬉しいですわ」

二人の笑い声が、鏡の世界にふわりと広がった。

時代も場所も違うのに、心が通じ合う瞬間が、そこには確かにあった。