次に目を覚ましたとき、美奈はすぐに異変に気づいた。

視界が、ぐにゃんぐにゃんと揺れている。

まるで世界そのものが水の中に沈んでいて、でもその水は、もう水じゃなかった。

ねっとりと重く、ぬるぬるとまとわりつく。

立ち上がろうとしても、足が沈んでいく。

「……歩けない……」

足の感覚が、少しずつ消えていく。

まるで、自分の体がこの世界に溶けていくようだった。

「美奈ちゃん、あんなこと言ったからだよ。気をつけてね」

声がした。

振り返ると、夜凪がいた。

相変わらず微笑んでいたけれど、その目は、どこか楽しそうだった。

「そうだ、ここで現実の世界が見れるから、暇なんだし、見とけば~?」

そう言って、夜凪が差し出したのは、紫色のレトロな手鏡だった。

縁がくすんでいて、どこか懐かしいような、でも不気味な雰囲気をまとっていた。

美奈は、震える手でそれを受け取った。

鏡の中には、教室が映っていた。

さっきまで自分がいた場所。

でも、そこに“美奈”の姿はなかった。

机はそのまま。 椅子も、カバンも、何も変わっていない。

でも、誰も自分のことを気にしていない。

「……いない……わたし、いない……」

さっき、眠る直前に夜凪が言った言葉が、頭の奥で響いた。

——現実世界で、あなたの存在は忘れられる。

その言葉が、ずっと胸に突き刺さっていた。

「ねえ……現実世界で忘れられるって、本当なの……?」

美奈は、震える声で尋ねた。

夜凪は、にこりと笑って、言った。

「うん、もちろん。だって、あなたはここで生きる子になるんだから」

その言葉は、鏡の中よりも冷たくて、重かった。