鏡の中の嘘

霧の中を進むと、やがて古びた校舎が姿を現した。

木造の廊下、すりガラスの窓、そして、どこか懐かしい空気。

「ここ……ほんとに学校なんだね」

美奈がつぶやく。

「でも、誰もいない……」沙耶が辺りを見回す。

そのとき――

「……夜凪、また遅刻?」

声がした。

振り返ると、そこに立っていたのは、セーラー服を着た少女たち。

「えっ……?」

美奈たちは息をのんだ。

そこにいたのは、写真に写っていた、あの“ともだち”たちだった。

「ほら、早くしないと先生に怒られるよ」

「夜凪、また本読んでたでしょ~」

「ふふ、でも夜凪の話、好きだよ。ちょっと怖いけど」

彼女たちは笑っていた。 まるで、何も起きていないかのように。

「……これ、夜凪の記憶?」

沙耶が小声で言う。

「ううん、たぶん……夜凪が“戻りたかった時間”なんだよ」美奈が答えた。

そのとき、廊下の奥に、ひとりの少女が立っていた。

黒髪を揺らし、静かにこちらを見つめている。

夜凪だった。

でも、その瞳には、笑顔はなかった。

「どうして、来たの?」

夜凪の声に、美奈は一歩踏み出した。

「あなたのことを、知りたかったから」

夜凪は目を伏せたまま、何も言わない。

後ろでは、かつての“ともだち”たちが、笑いながら教室へと消えていく。

その姿は、まるで幻のように、霧に溶けていった。

「……あの子たち、ほんとはもういないんだよね」沙耶がぽつりとつぶやく。

「裏切られたのは、わたし」

夜凪が静かに言った。

「信じてた。ずっと一緒にいられるって。でも……あの日、わたしだけ、置いていかれた」

美代がそっと問いかける。

「それは……誤解だったのでは?」

夜凪は首を振る。

「違う。わたしは、見たの。あの子たちが、わたしのいないところで、笑ってた。わたしの話を、怖いって言って、気味悪がって……」

その瞳には、深い悲しみが宿っていた。

「だから、わたしは……忘れないように、閉じ込めたの。あの時間を、あの場所を。鏡の中に」

美奈が、そっと夜凪に近づいた。

「でも、あなたが本当に望んでたのは、閉じ込めることじゃない。もう一度、信じたかったんじゃない?」

夜凪の瞳が、わずかに揺れた。

「……信じても、また裏切られる」

「それでも、信じたいって思える人が、ここにいるよ」

美奈の言葉に、夜凪はゆっくりと顔を上げた。

その瞳に、ほんの少しだけ、光が差し込んだように見えた。