洋館の中を、3人はずっと探し続けていた。

廊下、階段、物置、図書室——どこも、何かが隠れているようで、何も見つからない。

ある時、美奈がふと立ち止まった。

「……ねえ、ここ。まだ見てない部屋じゃない?」

古びた扉を開けると、そこは小さな書斎だった。

机の上に、埃をかぶったノートがぽつんと置かれている。

美代が、そっと手に取った瞬間、息をのんだ。

「あ……こ、これ……千代の、ものだわ」

沙耶が首をかしげる。

「千代って?」

美奈が、静かに説明した。

「千代は、美代の友達で、同じくこの世界に来てしまって…… 出る方法を探ってる間に、夜凪に見つかって、殺されてしまった子なの」

沙耶は、そっと目を伏せた。

「……そうですか」

美代は、ノートを開いた。

中には、びっしりと文字が書かれていた。

言葉遣いも、どこか古風で、でも温かい。

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千代の日記より

本日も、美代とたくさんお話をいたしましたの。

美代は、ほんとうに愛らしくて、まるで絵本の中のお姫さまのよう。

一緒におりますと、わたくし、心がふわりとほどけてまいります。

幾度も館の中を巡りまして、出口を探してみましたけれど、 やはり、何も見つかりませんでしたの。

けれど、ひとつだけ、気にかかることがございました。

夜凪が、鏡の裏側に手を添えておられましたの。

そのご様子が、あまりにも自然で、まるでそこに何かがあるかのように——。

けれど、夜凪がその場を離れることはなく、 わたくし、近づくこともできませんでした。

次こそは、もう少しだけ、勇気を持ってみようと思いますわ。
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美代は、ページをそっと撫でた。

「……千代の字。間違いありませんわ」

沙耶が、鏡の裏という言葉に反応する。

「鏡の裏……それって、何か隠されてるってこと?」

3人は、静かに顔を見合わせた。

千代の言葉が、時を越えて、彼女たちに手がかりを残していた。

そして、鏡の裏に、何かがある

—— その予感が、空気を震わせた。

3人は、洋館の奥にある広間へと向かった。

そこには、天井まで届きそうなほど大きな鏡が、壁にどっしりと立てかけられていた。

美奈が、日記を見ながらつぶやく。

「……千代が言ってた“鏡の裏”って、きっとこれだよね」

美代が、鏡の縁にそっと手を添える。

「この鏡、ずっと誰かが見張っていたような気配がして…… わたくし、近づくのが怖かったのです」

沙耶が、鏡の端をそっと押してみる。

ギィ……と、重たい音を立てて、鏡がわずかに動いた。

「……動く。裏、見れるかも」

3人で力を合わせて、鏡を少しだけずらす。

その裏側には、古びた木の壁——かと思いきや、そこに小さな扉のようなものがあった。

美奈が、息をのむ。

「……あった。ほんとに、何かある」

扉には、複雑な模様が彫られていて、中央には“夜”の文字が刻まれていた。

美代が、そっと指先でなぞる。

「これは……夜凪の“印”かもしれませんわ」

沙耶が、手鏡を見つめながら言った。

「この扉の先に、何かある。 千代が見つけられなかったもの、私たちが——」

その瞬間、鏡の表面がふるりと揺れた。

美奈が、扉の取っ手に手をかけた。

冷たい金属が、指先にひやりと触れる。

「……開けるよ」

3人が息をのむ。

美奈が、そっと力を込めた——その瞬間。

カチン。

何かが、鏡の表面で弾けるような音を立てた。

そして、空気がピリリと張り詰める。

鏡の表面に、黒いもやのようなものがふわりと浮かび上がった。

まるで、扉を守る“何か”が、目を覚ましたかのように。

沙耶が、後ずさりながらつぶやく。

「……これ、結界……みたいなもの?」

美代が、鏡の模様を見つめる。

「夜凪さまが、誰にも開けられぬように、封じておられるのかもしれませんわ」

美奈が、手鏡を取り出して、扉の前にかざす。

しかし、鏡はただ静かに光るだけで、何の反応もない。

「……千代も、ここまで来てたのかな。 でも、開けられなかったから、日記に書けなかったのかも」

沙耶が、扉の模様をじっと見つめる。

「じゃあ、どうすれば……」

その瞬間——

ギギッ……

廊下の奥から、床が軋む音が聞こえた。

誰かが、ゆっくりと近づいてくるような足音。

美奈が、息をのむ。

「……誰か、来てる」

空気が、急に冷たくなった。

鏡のもやが、ふるりと揺れて、再び濃くなっていく。

美代が、声をひそめる。

「逃げましょう。今は、ここにいてはなりませんわ」

3人は、そっと鏡から離れ、広間を抜けて廊下へと走り出した。

ろうそくの火が、風に揺れて消えそうになる。

足音は、すぐ後ろまで迫っていた。

でも、振り返ることはできなかった。

やがて、3人は千代の部屋へと戻ってきた。

扉を閉め、息をひそめる。

しばらくして、足音は遠ざかっていった。

美奈が、壁にもたれて息をつく。

「……危なかった」

沙耶が、千代のノートをもう一度手に取る。

「やっぱり、この中に、まだ何かヒントがあるはず」

美代が、そっとページをめくる。

「千代……あなたは、何を見て、何を残そうとしたの?」

ろうそくの灯りが、ノートの文字を照らす。

その中に、まだ誰も知らない“鍵”が眠っているかもしれない——。

千代の部屋で、3人は再びノートを囲んでいた。

美代が、そっとページをめくる。

「……次のページ、何か書いてありますわ」

美奈が、ろうそくの火を近づける。

けれど、紙は黄ばみ、文字はかすれて、ほとんど判読できない。

沙耶が、目を凝らして見つめる。

「……うっすら、何か……“鏡”って文字が見える気がする」

美奈が、指先でそっとなぞる。

「でも、これ以上触ったら、紙が破れちゃいそう」

美代が、静かにノートを閉じた。

「千代は、何かを見つけて、書き残そうとしたのですわ。 でも……時が経ちすぎて、もう読めない」

沙耶が、手鏡を見つめながらつぶやく。

「……でも、ここに何かがあるってことは、 千代は、最後まで諦めなかったんだよね」

美奈が、そっと微笑む。

「うん。だから、私たちも、諦めない。 千代が見つけた“何か”を、今度は私たちが見つける番だよ」

ろうそくの火が、ふるりと揺れた。

その光が、ノートの表紙に反射して、かすかに“鍵”のような模様を浮かび上がらせた。

それは、千代が残した、最後の導きのようだった——。