その夜、3人は洋館の一室に集まっていた。

ろうそくの灯りが、壁にゆらゆらと影を落としている。

沙耶は、ずっと握っていたガラケーをそっと開いた。

ボタンを押すたびに、カチカチと小さな音が響く。

「……まだ、残ってるかな……」

メールフォルダを開くと、そこにはいくつかのやり取りが残っていた。

でも、ほとんどが文字化けしていて、読めない。

ただ、一通だけ——

------------------------------------------------
【From:ミキ】

“明日プリ撮ろーね!てか沙耶、また寝坊しないでよ笑” 【受信日時:2006/11/03 23:41】
------------------------------------------------

沙耶は、画面を見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。

「……この日、待ち合わせしてたの。駅前のプリ機のとこで……でも、行けなかった」

「どうして?」

美奈がそっと尋ねると、沙耶は首を振った。

「ミキと、駅前のプリ機のとこで待ち合わせしてたの。 その日、ちょっと遅れそうで、急いでたんだ。 でも……途中で、誰かに声かけられて」

沙耶の眉が、かすかに寄った。

「女の人だったと思う。制服着てて、でも……なんか、違和感があって」

「違和感?」

美奈が問いかけると、沙耶はゆっくりうなずいた。

「うん……顔は見えなかった。髪が長くて、うつむいてて…… “こっちに来て”って言われたの。 断ったんだけど、手を引かれて……気づいたら、ここにいた」

美代の表情が、すっと強張った。

沙耶は、ガラケーをぎゅっと握りしめた。

「ミキ、ずっと待ってたのに……私、行けなかった。 あの時、ちゃんと断ってたら……」

美奈が、そっと沙耶の手に触れた。

「でも、今こうして思い出せた。 それって、きっと出口に近づいてるってことだよ」

沙耶は、涙をこらえながら、うなずいた。

「……うん。もう一度、ちゃんと会いたい。ミキに」


沙耶は、紫の手鏡をそっとのぞき込んだ。

画面がふるりと揺れ、次々に映像が流れ始める。

大学の教室で、一生懸命ノートを取る友達。

白いドレスを着て、旦那さんと笑い合う友達。

夜、赤ちゃんを寝かしつけたあと、旦那さんと寄り添って眠る友達。

夢だったカフェを開いて、忙しく働く友達。

沙耶は、何も言わず、ただ見つめていた。

その瞳に、静かに涙がにじんでいく。

やがて、寂しそうな笑顔に変わった。

「……みんな、幸せそうでよかった」

ぽつりとつぶやいたあと、涙がぽろりと落ちた。

「そこに、私もいたかった」

美代がそっと沙耶の肩に手を添えた。

「帰りたいわよね。だからこそ、みんなで頑張りましょう」

美奈も、そっと手鏡に触れた。

洋館の一室の端のほう。

ろうそくの灯りが、静かに揺れている。

3人は床に座り、状況を整理し始めていた。

美奈が、少し考え込むように言った。

「……私、転校してきた夜凪に誘われたんだ。その時は、なぎって名乗ってた。 “家に遊びに来ない?”って言われて、断れなくて…… 」

美代が、目を伏せながらうなずいた。

「わたくしも……調理実習のとき、隣にいた転校生がいて。 その子が、材料を混ぜてるときに、ふわっと香りがして…… 気づいたら、ここにいた。 その子も、夜凪だった。私も、なぎって名乗ってましたわ」

沙耶は、ガラケーを見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

「私は、駅前で待ち合わせしてたときに、女の人に声かけられて…… 制服着てたけど、顔は見えなかった。 でも……髪が長くて、うつむいてて、“こっちに来て”って言われた」

美奈が、沙耶の方を見て言った。

「うーん、二人とも、夜凪が転校生として混ざったんだよね」

美代が、静かにうなずく。

「じゃあ、沙耶のも……夜凪、なんじゃないかしら」

沙耶は、少しだけ目を見開いて、そしてうなずいた。

「そうっぽいね……顔は見えなかったけど、雰囲気は、なんか似てる気がする」

美奈が、手鏡を見つめながらつぶやいた。

「うん。それに、時代は違うけど、みんな中高生の頃だよね」

美代が、静かに言葉を重ねる。

「つまり、夜凪は……それぞれの時代に、転校生として現れて、 わたくしたちに接触してきた」

沙耶が、そっとガラケーを握りしめた。

「……じゃあ、やっぱり、夜凪がこの世界の鍵なんだ」