紙切れを胸に抱きしめたまま、美代はしばらく黙っていた。

その瞳は、どこか遠くを見つめているようだった。

美奈は、隣で静かに待っていた。

言葉を急かすことなく、ただ、美代の気持ちが動くのを信じて。

やがて——

「美奈……」

美代が、ぽつりと口を開いた。

その声は、少し震えていたけれど、確かに前を向いていた。

「やっぱり……わたくしも、してもいい?」

美奈は、ぱっと顔を上げた。

「もちろん!」

その言葉は、迷いなく、まっすぐに響いた。

美代は、少しだけ笑った。

その笑顔には、昭和の優しさと、現代の強さが混ざっていた。

「千代が……こんなにも、わたくしのことを思ってくれていたのなら……わたくしも、前に進まなくてはなりませんわね」

「うん。一緒に探そう。絶対、出口見つけよう」

「ええ……美奈となら、きっと」

美奈と美代が手紙を前に、静かに決意を交わしたその夜。

洋館の空気は、どこかざわついていた。

廊下を歩いていると、遠くから、かすかな音が聞こえた。

——コツ、コツ、コツ。

誰かの足音。

でも、リズムが不規則で、どこか不安定だった。

「……誰か、いる?」

美奈が声をかけると、廊下の奥から、ゆっくりと人影が現れた。

二人がそっと音の方へ向かうと、古びたソファの隅に、誰かが座っていた。

制服姿の女の子。

膝を抱えながら、手元のガラケーをいじっていた。

「……電波、入らない……やっぱダメか……」

その声は、かすかに震えていた。

「……あの、大丈夫?」

美奈が声をかけると、少女はびくっとして顔を上げた。

「えっ……人……?ほんとに……?」

その瞳には、長い孤独の影が宿っていた。

「ここって……夢じゃないの?ずっと、誰にも会えなくて……」

美代が、静かに近づいて微笑んだ。

「わたくしたちも、ここに閉じ込められているの。けれど、出口を探しているのよ」

少女は、少しだけ目を見開いて、美奈の顔を見つめた。

「……ほんとに……?」

「うん。一緒に探そう。名前、教えてくれる?」

少女は、ためらいながらも、そっと答えた。

「……沙耶……です」

沙耶は、ガラケーを握りしめたまま、少しだけ微笑んだ。



「沙耶ちゃん、いつからここにいたの?」

美奈がそっと尋ねると、沙耶は少し考えてから答えた。

「うーん……たぶん、2006年とか……そのへん?」

「えっ、平成……?」

美代が、静かに目を見開いた。

「わたくしの時代より、ずっと後ですわね……」

「うん。高2だった。プリ帳とか、めっちゃ流行ってた頃」

沙耶は、制服のポケットから、くしゃくしゃになった小さな手帳を取り出した。

表紙には、キラキラのシールと、手書きの「SAYA♡」の文字。

「これ、プリクラ帳……?」

「そ。友達と撮ったやつ。」

沙耶の声が、少しだけかすれた。

「ガラケーで撮った写メとか、放課後にマックでだべってたのとか……全部、遠い夢みたい」

美代が、そっと沙耶の隣に座った。

「わたくしの時代には、そんなものはなかったけれど……あなたの話を聞いていると、なんだか楽しそうですわ」

沙耶は、少しだけ笑った。

「うん、楽しかったよ。……でも、気づいたら、ここにいて」

「大丈夫。私たち、出る方法を探してる。一緒に帰ろう」

美奈の言葉に、沙耶は小さくうなずいた。

「……うん。ありがと」

こうして、昭和・平成・令和の3人の少女たちは、時代を越えて手を取り合った。

それぞれの“帰りたい場所”を胸に抱きながら——。