洋館の中は、いつもと変わらず静かだった。

時計の針は動かず、窓の外は、昼なのか夜なのかもわからない。

美奈は、何度も同じ廊下を歩いた。

扉を開けては、何もない部屋にため息をつき、棚を探っては、ただの埃にまみれただけだった。

「……ほんとに、誰かいたのかな……」

ぽつりとつぶやいた声は、すぐに空気に溶けて消えた。

足取りは重く、心も沈んでいく。

何度目かの夜。

美奈は、洋館の階段に座り込んだ。

冷たい感触が、背中にじわりと染みてくる。

「意味ないのかな……」

目を閉じると、現実の世界が遠く感じた。

スマートフォンも、友達の笑い声も、カフェのにぎやかさも、全部、夢だったように思えてくる。

「私、ほんとに戻れるのかな……」

美代の言葉が頭をよぎる。

“わたくしには、できません”

その言葉が、何度も胸に刺さる。

誰かを失った人の痛みは、簡単に乗り越えられるものじゃない。

でも——

「……でも、あの子は、確かにここにいたんだよね」

美奈は、立ち上がった。

足は震えていたけれど、心の奥に、小さな灯が残っていた。

それから、また何日も探し続けた。

扉の裏、絵の裏、床の隙間。

そして——

洋館の奥、誰も開けたことのない物置部屋。

埃だらけの棚の隙間に、ノートを切り取ったっぽい小さな紙切れが挟まっていた。

それは、折りたたまれたまま、誰にも触れられず、黄色くなって眠っていた。

そっと広げると、そこには震える文字でこう書かれていた。

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“夜凪さんは、鏡の奥に何かを隠している。

でも、誰にも言えない。 美代さんには、笑っていてほしいから——”
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美奈は、紙を握りしめた。

涙がこぼれそうになるのを、ぐっとこらえた。

「……やっぱり、いたんだ」

誰にも忘れられていない。

この世界に、確かに“その子”の想いが残っている。

そして、美奈は、もう一度立ち上がった。

今度は、迷いなく。