春の風が吹くある日、先生が言った。

「今日は転校生を紹介します。」

教室のドアが開き、静かに一人の少女が入ってきた。

「夜凪(なぎ)です。よろしくお願いします。」

その瞬間、教室の空気がすっと冷えた気がした。

黒髪が風に揺れ、瞳はどこか遠くを見ているようだった。

担任が席を指すと、夜凪は静かにうなずき、歩き出した。

その足取りは、まるで畳の上を歩くように音もなく、すっと座った。

隣の席の美奈は、なんとなく気になって声をかけた。

「夜凪、この漢字で…なぎちゃん?優しい名前でかわいいね」

「ありがとうございます。昔から、よくそう言われます」


昼休み、美奈が机にプリンを置くと、なぎがそっと声をかけてきた。

「それは…洋菓子、ですね?」

「うん、コンビニのプリン!なぎちゃんは甘いの好き?」

「ええ、羊羹やカステラなどは、よくいただいていました」

“いただいていました”…?なんだか、かしこまりすぎ、、?

でも、なぎちゃんの話し方は丁寧で、品があって、なんだか落ち着く。

次の日、美奈がくしゃみをすると、なぎがすぐにハンカチを差し出した。

白地に刺繍の入った布製のハンカチは、どこか懐かしい香りがした。

「冷えましたか?この季節は、油断なりませんから」

「えっ…“油断なりません”って…なんか時代劇みたいじゃん!」

「そう…でしょうか。昔から、こういう言い回しが好きでして」

美奈は笑いながら受け取った。

なぎの言葉遣いや仕草は、ちょっと変わってるけど、なんだか心地よかった。

その日から、美奈はなぎと話すことが増えていった。

放課後には一緒に図書室へ行き、なぎが選ぶ本は昭和の詩集や、古い少女小説だった。

「この詩、好きなんです。“春は曙”って、なんだか情緒があって…」

「うん、なんかキレイ。なぎちゃんって、ほんとに不思議な子だね」

なぎは、ふっと微笑んだ。

その笑顔の奥に、ほんの少しだけ、影が揺れていた。