至上最幸の恋

「おいアキちゃん、アキちゃんよ」

 男が奥の厨房へ声をかけると、50代くらいの小太りの女性が出てきた。

「はいはい、なんね(しん)さん」
「このお兄さん、画家なんやて。サインもらわんと。色紙、持っとらんかね?」
「あらまぁ、ちょっと待っとってくださいね」

 アキと呼ばれた女性が、また奥へ戻っていく。

 サインだと? オレが誰かも分からないのに、なぜサインを欲しがるんだ。
 そもそも、人にサインなんかしたことないぞ。なにを書けばいいんだ。

「あの、サインと言われても……したことがないので」
「絵のことはよく知らんっちゃけど、有名な先生やないと?」
「まだ駆け出しです」
「いやぁ、駆け出しっちゅー雰囲気やないね。絶対大物になるばい。名前ば教えとってくれんね」
「浅尾瑛士です」

 勢いに負けて、反射的に名乗ってしまった。

「ほぉ~、画家っぽい粋な名前やん。あぁ、おいは長谷川信な。名刺やっとくな」

 長谷川という男は、作業服の胸ポケットから無造作に名刺入れを出した。
 てっきり漁師か農家かと思ったが、どうやら地元で商売をしている人らしい。

「この近くで会社やっとるっちゃん。困ったことあったら、いつでも連絡しといで」

 名刺には「株式会社長谷川工務店」と書いてある。なるほど、このあたりで工務店をやっているのか。