至上最幸の恋

「日展の受賞祝いだ」
 
 そう言って父がテーブルに置いた箱は、明らかに自分で買うようなものではなかった。

「いま使っているのは、安いものなんだろう?」
「律に聞いたのか」
「ああ。祝いの品について相談したら、腕時計がいいとアドバイスをくれてな。これから人の前に出ることも増えるだろうからと」

 そっと箱を開けると、余計な装飾のない銀色の腕時計が入っていた。どのような服装にも合うシンプルなデザインで、長く使えそうなものだ。

 左手首につけてみると、まるで長年使っているかのようにしっくりくる。

「似合っているじゃないか」

 父が満足そうに頷く。

「大事に使え」
「ああ。ありがとう」

 それ以上の言葉は、出てこなかった。
 本当は、いくらでも言うべきことがあるはずだ。だが、父を前にすると、いつも言葉がうまく形にならない。

 昔からそうだ。
 肝心なことほど、言えないまま過ぎていく。

「集中するのもいいが、体には気をつけるんだぞ」
「分かってる。父さんこそ、野菜もちゃんと食えよ」

 そんなことを言うのが、精一杯だった。

 用事のついでだと下手な嘘をついて、父は鎌倉駅まで送ってくれた。

 そうだ。今度は、あの店へ一緒に行こう。
 駅の近くにある鎌倉丼の店。子どものころ、父がよく連れて行ってくれた、あの店に。