後悔しない、ひとつのこと

自分の部屋で、スマホと睨み合い。

画面には ''七瀬 爽''

かれこれ10分は経っている。

もう逃げないとは言ったものの、発信ボタンを押そうとすると手が震える。

けど、いつまでもこのままではいられない。

震える手を無理やり動かす。

画面が発信中に切り替わる。

何コールかした後、通話中になる。

『廉くん、かな』

その声は低くて、お母さんの声とは思えなかった。

「爽のお父さん、ですか?」

『違うよ。医者だ。部屋にいた』

あぁ、あの。

でもどうしてあのお医者さんが

『お母さんも入院中でね。入院病棟はもう消灯時間過ぎちゃってるから。それに....爽ちゃんにお父さんはいない』

え.....

お母さんが入院しているのは何となくわかっていた。

車椅子だったし、顔色も良くなかった。

でも....お父さんのことは全く知らなかった。

爽にはずっと、たくさん支えてもらってたんだと、今になって気づいた。

俺は爽をほとんど知らない。

自分の事ばかりになってしまっていた。

『爽ちゃんのこと、聞きたいんじゃないのかい?』

「そうです...」

俺はそのことを話しただろうか。

『わかるんだよ。長年この仕事を続けていると嫌でもわかる』

声は淡々としていたけれど、悲しさが感じられるようだった。

『....細かく話すと長くなるんだけど、』

お医者さんは話し始めた。

お母さんを守ろうとしたことも。

必死に逃げたことも。

結末も。

その内容は思っていたより残酷で。

苦しくて。

信じがたいものだった。

「結局、誰なんですか。犯人」

それしか頭になくなった。

でも

『君が知ってどうするんだ』

頭に冷水を掛けられたようだった。

俺が知ってできることなんて何もない。

力もないただの高校生ができることなんて。

『もう捕まってるよ。直接的ではないけど、人も亡くなってる。警察だってすぐに動く』

その通りだ。冷静にならなきゃ。

『それと....爽ちゃんは搬送時点ではまだ意識があった。君のことを言っていたよ』

「爽が....」

最期でも、爽は俺のことも考えてくれていた。

やっぱり爽は爽だ。ずっと変わらなかった。